天満屋トリビュート作品 「碧空 Blauer Himmel」


天満屋倉敷店の常設が決まって、せっかくなので何か天満屋トリビュートの作品をつくりたいと思っていました。

思い浮かんだのが、以前のブログにも書いた、終戦の時のエピソード。

空襲後の岡山は焼け野原で、ほんとに何にもなかったのだそうです。
そこに戻ってきた人々がバラックを建て、また暮らしをはじめたのだそうです。
なんにもないって想像もつきませんが、ほんとになんにもなかったそうです。

戦争が終わって、岡山に初めて流れた音楽は、空襲でも焼け残ったデパートの天満屋からスピーカーで流されたタンゴだったのだそうです。
青い空の下、鳴り響くタンゴを聴いて、戦争が終わったんじゃなあってって実感したと言うお話は、とても印象深いお話のうちの一つでした。


とても美しいエピソード。
なくしていた音楽が、平和が、また戻ってきた。
天満屋から流れたタンゴから、岡山の復興がはじまりました。


c0089310_2572994.jpg「碧空 Blauer Himmel」

青い空に白い雲が流れているかのような、爽やかなアマゾナイトと、活気あるブルーのトルコ石、上品な薄いブルーグレーに輝くあこや本真珠をあわせました。

わたしにしては珍しく、アシンメトリーなデザインになりました。

瓦礫のような、荒削りな形のアクアマリンにはさまれているのは、透明にキラキラと輝く水晶。

タンゴが青空に流れた時、人々が希望とともに見つめた、焼け残った天満屋の建物のようにも思えます。


c0089310_3325270.jpgつけるとこんな感じです。

いちばん短いところでとめているので、これより7cm長くつけていただくことができます。

デザインをそんなに考えるわけではないんですが、この作品は自然に水晶がこの位置にきました。

ちょっとずらしてもオシャレですよ♪



当時の天満屋の映像はこちらで見られます。
アメリカに残されていた映像 -終戦直後の岡山- 天満屋とその周辺

その時流れた曲名がわからないのですが、なんとなく、ゲッツィ楽団の「碧空(Blauer Himmel)」っぽい気がして。(Julio Sosaさんどう思う??)

戦時中って言ったら世代的にそのあたりですよね。。
作品のイメージと曲名もぴったりだったので、この名前をいただきました。

Youtube
バルナバス・フォン・ゲッツィ 「碧空」 

いま天満屋倉敷店1Fアクセサリー売場に展示してありますので、ご覧になった方は、あ、これだ!って思ってやってくださいね^^
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by songsforthejetset | 2010-04-14 03:43 | アクセサリー・Lumiere | Comments(2)
Commented by Julio Sosa at 2010-04-14 07:30 x
はい、
ゲッツィ楽団の「碧空」と思う。

戦前、ドイツは同盟国、アメリカは敵国。
敵国の音楽・・・・・ジャズはご法度。
敵国音楽愛聴は、何たる非国民って感じ。

タンゴブームの余韻、
そして西洋列国に倣っての、社交界としてのダンスの嗜み。
行き着いたのは・・・・クラシカルに洗練されたコンチネンタル・タンゴ、それも親愛なる同盟国ドイツのゲッツィ楽団だったようです。
戦前には、ゲッツィの国内盤SPレコードが大量に流通したみたい。

今度、天満屋を見上げたら・・・・・・、
1945年に流れたタンゴに想いを馳せてみます。

浜松市でも、
松菱デパートの建物だけが焼け残り、
市民の礎となったと聞いたことがあります。
Commented by songsforthejetset at 2010-04-15 00:55
さすが~!!
ご年配のタンゴ・ファンの方は、ゲッツィがお好きな方が多いと思っていましたが、そういうわけだったのですね。
勉強になります。

実際どこからどんなふうにして音楽流したのでしょうね。
スピーカーとかあったのかな??
素敵なはからいですね。

デパートって夢がつまっているところだから、きっとたくさんの方が復興に向けてがんばられたのでしょうね。

この天満屋のエピソードで終戦記念日の番組とかつくってほしい。。
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