昨日TVをつけたら、「金スマ」の中で、徳島の株式会社いろどりが紹介されているところでした!!
銀行の広報誌でいろどりの記事を読んで、以前から興味を持ってたので、実際の現場が見れてとっても嬉しかった。 TVの神様ありがとう。。 いろどりは、徳島県勝浦郡上勝町という山間の、高齢者が半数を占める人口2000人の町にあります。 日本料理の「つまもの」を出荷している第三セクター方式の株式会社なのです。 新しいビジネスによって、お年寄りたちが高収入とやりがいを得て、病人も減って町が蘇ったことで、一躍有名になりました。 「つまもの」は日本料理に添えられる、季節ごとの葉っぱや花のことです。 以前は修行中の料理人が自分で山へ行って探してくるものだったそうですが、そんな下積み仕事は街中のお店ではとても大変です。 そこを代行しているのがいろどりというわけです。 つまものは軽いので、お年寄りにも運ぶのが負担にならないのです。 いろどりの副社長で、実質的に指揮をとっているのは、農業大学校を卒業して、以前JAで農家の指導にあたっていた横石知二さんです。 80年代に上勝町に赴任した頃は、農家も疲弊していて、今とはまったく違っていたそうです。 みかん栽培、林業、建築業を生業としていた山村では、雨が降ると男性たちは昼間からお酒を飲んで酔っ払い、女性たちの地位も低いものでした。 女の人たちには現金収入がないので、いつも自分の気持ちが負けていて、誇れることがなく、「こんなところに子供を置いときとうない」という気持ちがとても強かったそうです。 そして、それが全国の農村の現状でもあるそうです。 当時若かった横石さんは、自分の生まれた村を悪く言い、つらく寂しい、何も輝きのない表情をしている人々の現状を見て寂しいと思い、自分まで暗い気持ちになっていました。 そして悪いことに、その後襲来した大寒波により、上勝町のみかんの木が全滅します。 農家の人たちは打ちのめされ、もういちど重労働のみかん栽培に挑戦しようという意欲は、生まれてきませんでした。 これをなんとかしないといけないと思い悩んでいた横石さんは、ある日、大阪のすし屋で食事をしていたところ、女性達の「これかわいい!もって帰りたいね」という声を聞いたそうです。 かわいいと言われていたのは、料理に添えられた青楓の葉でした。 こんなものがかわいい?と思った横石さんは、ハタとひらめいたそうです。 元々そういったものがふんだんにある上勝町で、栽培して売ればいい。 しかし、そのビジネスの可能性をいくら説明しても、多くの農家の人たちは信じてくれませんでした。 都会では貴重な自然の美しい葉っぱも、田舎ではそこら中にある珍しくもないものだからです。 協力してくれたのは、わずか4名の農家のおばあちゃんたち。 多くの人たちは疑いの目で見ていたそうです。 市場のこともよくわからず始めたこともあり、最初のうちは集荷方法やパック詰めなど失敗続きで、横石さんも体を壊したりされたそうです。 しかしトライ&エラーを繰り返し、少しずつ収入が増え、また協力者も増えていきました。 事業が軌道に乗り始めたことで、あって当たり前だと思っていた植物が、立派な商品になることがわかってきたのです。 農家の女性たちは、収入を得られるようになったことで、「自分たちにもやればできる」という思いが生まれ、大きく変わっていったそうです。 以前は年金生活で、診療所やデイサービスに通い、子供に面倒をかけている立場で、家の中での存在感も小さかったお年寄りたちにも、生きがいが生まれ、診療所どころではなくなったそうです。 お酒やお茶を飲んで、近所の悪口を言っている暇もなくなったそうです。 つまものを売るといっても、ただ山に生えているのを採って売るだけではなく、ビジネスとして有利になるよう、農家も会社も工夫をしています。 農家は、多重多様のニーズに応えるために、自分の土地にも様々な植物を植えて手入れをします。 昔からある庭の柿の木も、大事な商品です。 桜も、開花時期がまちまちなので、いろいろな種類が植えられています。 もちろんどんなものが売れ筋か、商品にも品質にも気を配っています。 会社は、全国から寄せられた注文を、全農家のファックスに同時に流します。 それを見た農家は、どの商品をどれだけ納品するか、電話で連絡します。 電話は早いもの勝ち、注文が取れたらさっそく商品を収穫してパック詰め、集荷場所へ持っていき、そこですぐ収入になります。 ファックスしてから商品が集まってくるまで、わずか2時間程だそうです。 また、参加している農家の売上状況が一目でわかる、「いろどりネットワーク」というインターネットの情報提供システムも開発しました。 高齢者に使いやすいように、マウスではなく大きなボタン方式にパソコンを改良し、自分の売り上げが、今その月の何位になっているかが一目でわかるようになっています。 横石さんが、ビジネスの途中で、「今のままではまずい」と思うことが何度かあり、それで考えたそうです。 競争をさせて、モチベーションが上がることをねらっていて、このシステムを導入することによって、「隣の人に絶対負けとうない」という、田舎の人の負けん気をいい方向に持っていくことができ、かつ直接顔を合わさないことで、余計な争いごとも生まれなくなったそうです。 自立できる収入とやりがいのある仕事を手に入れたことで、お年寄りが若返り、高額所得で元気で医療費もかからなくなり、寝たきり老人がほとんどいなくなったそうです。 年収1000万を超える人もあり、家を建てかえたり、都会で暮らす孫に車やマンションを買ってあげたりと、お年寄りがいきいきと毎日楽しんで仕事をしている町になったそうです。 注目されたことで、県外からのIターンを希望する優秀な若者が増え、マンション型の住宅も建設し、今ではデンマークで環境問題を専攻したような若者が、新しい町作りに力を発揮しているのだとか。 また、上勝町では、環境のために34種類ものごみ分別に取り組んでいるそうです。 それも以前なら、やれといわれても反発していただろうけど、今は町に誇りが持てるようになったので、もっといい町にしたいと思ってやっているのだそうです。 昨日のTVの、いきいき働くおばあちゃん達の姿は、すごい楽しそうだった! いろどりの現場が見れてよかった♪ もちろんいろいろな問題は常にあるだろうし、悪く言う人も必ずいると思います。 だけど、問題が起ころうがとにかく始めて、前に進む努力をしなかったら何も変わりません。 努力をしていない人ほど、努力している人をねたんで、固まって悪口を言うものです。 自分が被害を受けたこと以外で他人を悪く言うのが悪口で、その本質は“嫉妬・ねたみ・努力しない自分の正当化”です。 これは言ってると男でも女でも必ず不細工になります。 視覚と聴覚の両面で明らかな環境破壊で、地球温暖化よりよっぽど身近な環境問題です。 悪口を言う人は、自分が努力したくないから、他人の努力も絶対に認めません。 うまくいっていように見える人の、うまくいっている理由を、運とか環境とか不正な手を使ったとかのせいにします。 でも、うまくいっているように見える人ほど、見えないところで必ず努力しています。 以前村上龍さんも講演会の中で言っていたけど、 「自分なりの目標を見つけて、とにかくミモフタもなく努力する人が成功する」 のです。 運や環境がそろっていたらもちろんラッキーだけど、自分自身の努力がなかったら、何をしたってうまくいきません。 もしほんとに不正な手を使ったり、他人を陥れたり、倫理に反するようなことをしていたら、いつか間違いなく本人にバチがあたります。 その辺、人生の収支決算はなぜかうまくできているのです。 ほんとに大事なのは自分の未来を見ることです。 人間の目は前についているのだから、前を見るのが大事です。 時間だって、未来の方向にしか進んで行きません。 自分を未来へ引っ張ってくれるのは、夢や希望です。 周りが暗闇でも、先に光があれば、そっちの方向へ進んでいける。 自分を強く強く牽引してくれる目標があれば、未来へむけて進んでいけます。 目標もないままにそこにいたって、迷うだけです。 自転車で道を走っていても、行く先が決まっていなくて迷っている人の走り方は、すぐにわかります。 迷いながら走るから、スピードが安定せず、動きに一貫性がなくて、いつ曲がるかどう動くか予測できなくて危なっかしく、後ろから来る自転車の邪魔になっています。 またなぜかそういう人ほど道をふさぐ場所を走っています。 自分だけの世界の中にいる、ヘッドフォンで音楽を聴きながら走っている人も、まわりが見えていないから、やっぱり他人の邪魔になっています。 後ろからやってきて、自分のペースの走りを守りたい人や、抜かして先へ行きたい人には、すごい迷惑です。 同じことはどんな場所にも言えることで、仕事でも研究でも、人生でもいっしょです。 今いるところに何のためにいるのか、自分が目指しているところはどこなのか、わかっていないと自分も迷うし、結果的に他人の迷惑にもなります。 どこかの国に拉致されたとか、親の借金のカタに売り飛ばされたとか、自分でどうしようもない理由で今の場所にいる人以外は、大人ならみんな自分で選んで、今の場所にやってきているのだと思います。 職場、学校、家庭、趣味の場所、住んでいる地域、すべて自分で選んでそこにいるのです。 嫌だったら別の場所に移ればいいだけです。 そこにいる理由は、自分がつくるものだし、そこを良くしていくのも、自分の努力にかかっています。 他人の心を変えようと思っても無理だし、その権利は誰にもありません。 人は、自分から自発的に変わらないかぎり、絶対に変わりません。 変えることができるのは、自分自身と、自分の行動です。 よりよい場所にしようと思ったら、自分の未来のために、努力して工夫して行動することです。 今いるところを、自分にとっての天国にも地獄にもすることができる自由は、自分の中にだけあります。 いろどりで働いているお年寄りたちも、今の経済的にも精神的にも豊かな現状を手に入れるには、最初に自分たちが変わることが不可欠だったでしょう。 新しいシステムや仕事、考え方やパソコンの使い方などを受け入れることは、それまでの生活とまったく違っていて、慣れるまではいろいろな面ですごくしんどかったと思います。 悪く言う人も、バカにする人もいたでしょう。 実際最初は失敗続きだったそうですが、幾多の試行錯誤と良くしていく工夫をくりかえしたことが、今の成功に結びついたのです。 その努力を実らせたものは、自分たちのいる場所をよりよいものにしたいという夢と、ビジネスで現金収入を得て、もっと豊かな生活がしたいという希望です。 きっとその思いは、実績が上がり、反響があるたびにどんどん具体化して強まっていったでしょう。 もとはといえば、大寒波でみかんの木が全滅という大きな不幸が、今の大きな幸せを生む原因になったのです。 まさに「災い転じて福と成す」ですが、それも、ポジティブな努力があってこそのことで、努力する人には、災いって福のきっかけなのです。 ポジティブに考えれば、それは大きな変革へのチャンスです。 人間いつからでもスタートは切れます。 自分がいる場所が本当に嫌だったら、もっといい場所へ移ればいい。 でも自分が努力しなかったら、また同じ人生が待っています。 留まるのだったら、今いる場所でよりよく過ごせばいい。 それには、自分なりの目標を見つけて、努力するしかないと思います。 努力している人には、それに共鳴する協力者がかならず出てきます。 自分の未来を大切にする人は、他人の未来も大切にしますから、お互い未来へむけて努力することで、だんだん成功へ近づいていけるし、それは楽しいことです。 人生は一度しかないから、楽しんだほうが絶対に得です。 自分でやってきた遊園地で、「アトラクションがしょぼい」だの「最新式の絶叫マシーンがない」だの「キャラクターがかわいくない」だの「スタッフの対応が悪い」だの「カフェの料理がまずい」だの言ってるともっと楽しくなくなります。 それにまわりの人まで楽しくなくなります。 自分のいる場所から得られるものを、最大限に受け取って楽しむ努力をすれば、楽しくなってきます。 それが未来につながります。 いろどりのおばあちゃん達を見て、そんな風に思ったのでした。
by songsforthejetset
| 2007-06-02 12:24
| つれづれ
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