カテゴリ:本( 14 )

嵐の夜と松谷みよ子さんの「白いお部屋」

今日はすごい雨と風。

びゅうびゅうと建物の壁や窓に吹きつけて、まるで嵐の海辺の宿にいるみたいです。

窓を開けると、夜の窓にしぶきをあげる水滴がたくさん。

夜の海を航海する船に乗っているようにも思えます。

雨風の強い日、台風の日には、おうちの中でとても安心する。

夜にはもっと安心します。

今のお部屋に引っ越してから、嵐の夜にいつも思い出すのが、子供の頃に好きだった、松谷みよ子さんの「白いお部屋」というお話です。

田舎から都会に出てきて、一人暮らしをしている女の子のお話。

その女の子は真っ白なお部屋に住んでいて、嵐の夜に眠れなくなって、お部屋にバニラエッセンスをまくと、眠りを持ってきてくれるハトがやってきて、お部屋を魔法でケーキに変えてくれる、というところがとても好きでした。

子供の頃、家は畳に砂壁だったから、真っ白なお部屋というのがすごく憧れで、お話の中のその部分がとても強く自分の中に残っていました。

ずっと忘れていたけど、今のお部屋に住んで、台風の夜がやってきた時、

あれ、なんか、にてる。。

って、「白いお部屋」の大好きだった場面を思い出して、いま自分のまわりにそういう世界があることに気づいて、はっとしました。

今のお部屋は壁も天井も真っ白。
クリームを塗ったケーキみたい。

自分が知らないうちに、夢の場所にきていることに驚きました。

それでもう一度本を読んでみたくなって、図書館で「白いお部屋」が入っている、松谷みよ子さんの短編集「貝になった子ども」や、印象に残っている懐かしい本を借りて読んでみました。

驚いたのは、今の自分の世界と、子供の頃読んで好きだった本の中の世界がずいぶん近いところにあるということ。

きっと10代以前に読んで好きだった本って、心の中の原風景をつくるんだなあって思う。

そして知らないうちにそちらの方向へ自分を導いてくれるのではないでしょうか。

魔法みたいに。

なんだか不思議です。

今日も嵐の夜。

大好きな白いお部屋で安心していられることが、とても幸せです。

子供の頃に好きだった本、大人になってから読み返されたことってありますか?

わたしは読んでみて、こんなに深い話だったのかとか、子供の頃にはわからなかった事情が今は読み取れたりとか、どの本もとても感動でした。

そして今の自分がそのお話の中にいること、読んでいて見つけていくのは、まるで隠して忘れていたタイムカプセルを開いていくようで、本当に楽しかったです。

どの本もとてもよい本で、子供にとって大事な本は、大人にとっても大事なのだなあって思いました。

懐かしい本を読むこと、おすすめです^^
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by songsforthejetset | 2013-11-26 00:00 | | Comments(0)

いま毎日がつらい方へ 中島らもさんの「その日の天使」


今、引っ越しのために本を処分しているところです。
もう読むこともない、昔買った本を手にとって、懐かしかったり、その頃の自分を思い出したり。

中島らもさんの『恋は底ぢから』という本が出てきて、その中に、「その日の天使」という大好きなエッセイがあったのを思い出しました。
すごく素敵な文章なので、抜粋して載せてみます。


「その日の天使」

一人の人間の一日には、必ず一人、「その日の天使」がついている。
その天使は、日によって様々の容姿をもって現れる。

心・技・体ともに絶好調のときには、これらの天使は、人には見えないもののようだ。
逆に、絶望的な気分に落ちているときには、
この天使が一日に一人だけ、さしつかわされていることに、よく気づく。

こんなことがないだろうか。
暗い気持ちになって、冗談にでも、“今、自殺したら”などと考えているときに、
とんでもない知人から電話がかかってくる。
あるいは、ふと開いた画集か何かの一葉の絵によって救われるようなことが。
それは、その日の天使なのである。



素敵な文章でしょう?
中高生の頃は宝島を読んでいて、中島らもさんのかねてつシリーズが大好きで、エッセイや小説も何冊も持っていました。

この本を買ったのは20代の頃。
毎日つらいことがあって悩んで、着る服も黒・紺・茶ばっかりだった頃でした。
いまのわたしを知ってる方からは想像もつかないかもしれませんが。。

いろんな本を読んだ。
そんなときに出会った文章。
見開き2ページの短いエッセイだけど、当時のわたしがとても救われた文章でした。

この文章のように思ってたら、ほんとに毎日なにか、
「あ、これが天使?」
って思えるようなことがあるのです。
とても不思議だけど。

それが人の場合もあるのですが、向こうはまさか自分が「天使」だとは全然思っていません。
でもこちらはとても救われている。

なんだか毎日、そういった「天使」の飛び石をはげみにがんばっていた、そんな時もありました。
気がついたら、もうそんなことを考えなくなっていました。

だからもし今、つらいことがたくさんある方も、その日の「天使」を楽しみに、毎日過ごしてみてください。
必ず毎日、何かがあることにびっくりされると思いますよ。

そして、同時に自分も、誰かの「天使」になっていることもあるのです。
まったく気づかずに。
自分がそこにいて、普通にしていただけで。

どんな人でも、必ず何かに助けられて、何かを助けている。
そのことを最も感じることができるのは、いまつらい状況にある方。

今が大変なときでも、今の経験が役に立つ時がいつかやってきます。
天使がつないでくれる日々の向こうには、ふと気付くと、幸せの青空がみえているもの。

さあ、明日はどんな「天使」に出会うでしょうか。
楽しみに待ってみてくださいね(^-^)。
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by songsforthejetset | 2011-05-10 00:36 | | Comments(4)

『くじけないで』の柴田トヨさんと、編集者の五十嵐麻子さん


『くじけないで』
わたしこの本、丸善で最初手にとって、何気なく読んでたら涙が止まらなくなって、すごい困った本です。

今日のBizスポに、作者の柴田トヨさんと、書籍化に携わった編集者の五十嵐麻子さんが出演なさっていました。

柴田さんが動く姿を初めて拝見できたのも嬉しかったけど、編集者の五十嵐さんのお話がすごい感動的だった!!

五十嵐さんは大学卒業後、出版社での勤務を希望されていたそうですが、なかなかうまくいかず、23年間アルバイト生活を続けられていたのだそうです。

なんとその時に、GB(ギターブックという音楽雑誌)の記事も書かれていたそうで、GBが映ってめっちゃ懐かしかったです。。
わたし稲垣潤一さんが好きで、GBよく買ってたので。。

大きな出版社に勤める友人がヒット作を出したりするのを見ながら、自分は何をやってるんだろうと悩む日々が続いたのだそうです。

2年前に、正社員として出版社で仕事ができるようになり、その頃、新聞に投稿されていた柴田さんの詩を見つけられたのだそうです。
五十嵐さんは、新聞のトヨさんの詩を何枚も切り抜かれていました。

崖っぷちを知っているから、同じような状況にいる人の心にも響くのではと思われたのだそうです。
そして、自分がこれまでに経験したいろいろなことが、今全部役に立っているとおっしゃっていました。

わかる。。(T▽T)

自分が、「本当に好きなこと」で、「たくさんの人の役に立つこと」を自分の道としてみつけた時って、今までの人生ってこれのためにあったんだって思えるほど、自分の持っているものが全部役に立つのです。

そこに至る過程では、悩んだり迷ってばかりなのですが。。
人生って不思議です。


売場では、書籍といっしょに、柴田さんがご自分で詩を朗読なさっている映像を流すことで、大きな反響を呼んだのだそうです。

youtubeでも見られます^^





柴田さんの朗読をお聴きして、細いけれどしっかりと一語一語を刻むお声に感動。。

80代で詩作をはじめられた柴田さん。
「百歳バンザイ」を拝見していても思いますが、80,90代で新しいことにチャレンジなさっている方がすごく多いです。

日野原重明さんの講演をお聴きした時にも思ったけど、こういった、ご高齢になってもお元気で活躍なさっている方って、外見は確かに「お年寄り」なんですけど、心は全く「年を取っている」印象がない感じがするのです。

自分や周りの人がだんだんと年齢を重ねていくにつれても思うけれど、心って、「やりたいこと」がある間は年を取らないものなのでしょうね。

わたしも、昔新聞で読んだ詩だったと思うのですが、70代か80代の女性が書いた詩が今でも印象に残っています。

本文ははっきり覚えていないのですが、自分はおばあさん、と実感するということを書いて、その後に若い娘さんたちの美しさを書いて、その後に、

 でも、わたしだって、ついこのあいだまで、あなたたちよりもずっと若かった
 もっと小さな子供よりも若かった


という感じの文章が続けられていた詩。
すごく衝撃でした。

「お年寄り」はずっと「お年寄り」だったのではないし、また、「お年寄り」になったつもりもないのだっていうことを、すごく実感させられた。

そしてこの気持ちは、すべての人がいつか感じるものなのだろうなって思ったのです。
実際自分も今すでに感じる(T▽T)。

知らないうちに、誰の体にも老化という軛が加わり、生命は指の間からこぼれ落ちていく。


いろいろな方とお話していて思うけれど、人って、
体が年を取っていくにつれ、心のほうはどんどん純化されていく感じがします。

光に戻る感じがする。

わたしの作品、上は80代の方もお求めになってくださるので、売場でもよくお話させていただくことがあります。
時々、本当に「光」を感じる方にもお会いします。

一番印象に残っているのは、ワインカラーのスーツに同色のオーストリッチの襟巻をなさった、とても上品な80代の女性。
お話の内容から、とても良いお家柄と察することができる方でした。

久しぶりに外に出たとおっしゃって、とても楽しそうにわたしとお話してくださった。
見るもの、聞くこと、話す人、全てを愛しそうになさっていました。

お話していて、その方が、純粋な光そのもののように見えた。
体は借り物なのだと、魂の輝きはどんどん光を放つのだって、その時実感しました。

「楽しかったわ ありがとう」
と、帰り際に美しくご挨拶してくださった。
そういう言葉を話せること自体も、愛しく感じられているかのようでした。

お姫様が散歩に出た時のように、いろいろなものを愛しそうに眺めながら歩いて行かれた。
おばあちゃんもそうだったけど、この世界にお別れする時間がせまっていることを知っているから、きっと出会うものすべてが、有難くて愛しい。

そういう想いを抱いていらっしゃる方が、きっと、年を重ねて光を感じさせる方なのだと思う。

赤ちゃんも、生まれたばかりの原石のようなピュアな光を放っています。
魂は純粋な光なのだって思う。

それがきっと、生まれてからたくさんの試練に出会って傷ついたりして、曇ってくる。
でも、宝石と同じで、傷つくことで磨かれ、また光を放つようになる。

年齢を重ねての光は、ピュアな輝きだけではなく、魂の深みも加わったもの。
その人の人生が、芸術品となって、美しい色彩を与えています。

人は光から生まれて、光に戻る。

そういう存在なのだと思う。

「光」を感じる方に出会ったとき、とても幸せな気分になります。
そしてきっと、そういう気持ちは、無意識に誰もが求めているもの。

特に、今のように、世相があまり明るくない時にこそ、必要なものなのでしょうね。

Bizスポ拝見できてよかったです。。
ありがとうございました!!
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by songsforthejetset | 2011-02-10 01:42 | | Comments(0)

平野友朗さん「出版の夢を実現する講演&ワークショップ」


先日高松で開催された、平野友朗さんの「出版の夢を実現する講演&ワークショップ」に行ってきました!

わたしがエッセイ執筆のお仕事をいただいている、ツールアシストのWさんが、"すごく有名な方なので、勉強になる"と教えてくださったのがきっかけです。

平野さんはメールマガジンのコンサルタントであり、なんと12万人の読者を持つメルマガを発行なさっています。
メルマガ成功法 ~メルマガコンサルタントの稼ぐ思考~
http://www.mag2.com/m/0000115344.html

そして、数々の企業を顧客に持つビジネスコンサルタントであり、講演会やセミナーもたくさん開催なさっています。
平野さんのHP
http://www.sc-p.jp/

ただわたし、今まで「ビジネス」という分野はまったく未知の領域(というか自分からもっとも遠いものだと思っていた)だったため、ビジネス書もそれほど読んだことがなく、平野さんのこともセミナーを申し込んでからどんな方なのか知ったのです。。

なんかすごい方みたいだし、いったいどんな方が受講されるんだろう。。
ついていけるのだろうかわたし。。
とドキドキしつつ瀬戸大橋を渡ったのでした。

ちなみにわたし、「プロジェクトX」の瀬戸大橋の回をみてからは、橋を渡るたびに涙目になって大変なのです。
(みたことのないかたはぜひ!感動作です!!)

この講演会の主催者は、高松で活動されていらっしゃる、行動力プロデューサーの真坂かなさん。
http://www.masakakana.com/
いったいどんな方なのだろう??って思っていたら、とっても可愛くて素敵な方だった!!
こういった企画を実現させる、すごいパワーを持たれていらっしゃる方だなあって感じました。

そして平野さんは、とても爽やかな空気をまとっていらっしゃる、穏やかな印象の方でした。
でもお話が始まると、その穏やかさは、研ぎ澄まされた思考と、たくさんの経験に裏打ちされた、迷いのない感性からきているものなのだなあと実感させられました。
楽しくもエネルギッシュな語り口に惹きつけられて、4時間があっという間でした(ほんとに)。

わたしが人生で大切だと思っているものに、
"センスとスピードとタイミング"
の3つがあるのですが、成功する方ほど、その3つをすごく高いレベルで持っていらっしゃるのを感じます。
センスがいい人は、何をやってもうまくいくように思えますが、それにスピード、さらにタイミングが加わると、成功一直線。

平野さんの著作『走りながら考える仕事術』 には、「選択して行動することがどれほど大切か」ということがわかりやすく書かれています。
先輩起業家から後に続く人へ、エールの気持ちをこめて書かれたそうですが、起業家でなくても参考にできることがたくさんあります。
頑張ろうとしていることがある人、一歩前進したい人にはおすすめ!!

本を書いた方とお会いしていつも思うのは、”一番重要なポイント”はご本人にお会いしないとわからないということです。
自分の一番大きな特色は、自分が気づかないところにあるから、それをご本人が書かれることってないのです。

平野さんの場合は、際立って感じられる「誠実さ」。
声や雰囲気、話し方、すべてにおいて、とても誠実な印象でした。
この方ならコンサルタントとして、誰からも信頼されるだろうなあって思った。

その後の懇親会で、平野さんにいろいろとアドバイスをいただくことができました。
アドバイスをいただいている際にも、いま会ったばかりなのに、こちらにきちんと向き合って、親身になって考えてくださっているのが感じられて、とても感動しました。
まったく違う視点から、自分の今の活動全体をみていただいて、新しく気づかされたことの連続でした。
ほんとうに嬉しかったし、勉強になりました。
ありがとうございました!

いくらいいアドバイスをいただいても、実行するのは自分。
本を書くこともですが、アクセサリー制作や仕事に関することなど、もっとがんばっていこうと思いました!
出版に関する講演会でしたが、もっと大きな、今後の人生にずっと影響するようなものをいただいた気がします。

って、わたし今年になってから一体何度この、"今後の人生にずっと影響するものをいただいた"って言ったでしょうか。。

去年はアクセサリーの教室や個展などがはじまって大忙しでしたが、今年はアクセサリー制作やブログがご縁となって、この先の人生の方向性を決定するような、様々な出会いに恵まれている年でした。
(まだあと1ヶ月ありますが。。)
しかもそのスピードがどんどん加速している気がするのです。

「自分で動かなければ何もはじまらない」
ということは、
「動いたら、かならず何かが変わる」
ということなのだって、身をもって経験した1年でした。

今年は人に限らず、物や出来事、芸術作品や本、旅、仕事、講演会、さまざまな出会いのあった年だったなあって思っていました。

でも今回、この講演会に参加して気づいたのは、
「人以外の出会い」も結局は全部、
「人との出会い」なんだってことでした。

物はそれを作った人。
本はそれを書いた人。
旅はそこで出会った人。
芸術作品は表現した人。
仕事は仕事をしていて出会う人。
歴史は昔に生きていた人。

旅も、仕事も、
歴史も、国も、
人生も、幸せも、

実感するのは、「人」を通じて。

そして、自分をわかるのも、
「人」と出会うから。

自分が住む世界とは結局、「人」。

そんなふうに実感したのでした。
現実もそうでないものも含めて、すべてが「人との出会い」なんだなあって。

新しい出会いを経験して、そこでまた自分が変わったように思うけれど、それは、より本来の自分に近づいているのかもしれない。
人は、比較する対象と出会ってはじめて、自分の特色がわかるのだと思います。
日本にいたら黄色人種だって思わないけれど、北欧に行ったら、あきらかに肌の色の違いがわかるように。

出会いの中で自分がわかる。
人と出会うことは、自分との出会いでもあるのだなって 、最近ますます実感しています。

平野友朗さん、素晴らしい講演会をありがとうございました!
真坂かなさん、大変お世話になりました。ありがとうございました!
そして出会った皆さま、とても楽しかったです。
ありがとうございました!

たくさんの感謝をこめて、
また明日へ。
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by songsforthejetset | 2008-11-26 23:23 | | Comments(3)

ルドルフ・シュタイナー 『魂のこよみ』


c0089310_10194620.jpg 第4週 4月28日~5月4日

 
 わたしは 自分の本質の極みを感じる、
 感性は そう 語り
 太陽に 照らされた 世界で
 あふれる光と 結ばれる。
 そして 澄みわたる 思考に
 あたたかさを 贈り
 人と 世界を しっかりと
 ひとつに 結ぼうとする。

   (秦 理絵子訳 
      R.シュタイナー『魂のこよみ』より)


去年の秋に図書館で手にして、中の詩が気に入って買った本。
それ以来、折に触れて開いて読んでいます。
他の方の訳もあるけど、この秦さんの訳が言葉が柔らかくていちばん好き。

ルドルフ・シュタイナーは、1861年オーストリアに生まれ、独自の精神科学"人智学(アンドロポゾフィー)"を構築した思想家です。
シュタイナー教育ってよく聞きますが、これもシュタイナーの理論に基づいた教育法です。

人間が自然と結びついて成長していくこと、そしてその成長過程には芸術的な要素が重要である、という独特の教育法で、オイリュトミーとよばれる創造的なダンスがよく知られています。

『魂のこよみ』は、1912年に出版され、シュタイナー教育の場や、シュタイナーの講演の際に朗読されたものです。
4月7日~13日を第1週として、1週間ごとの"季節の気分"を表す詩を、52週(1年分)綴った本です。
冒頭にあげた詩は、いまの週の詩。

一年のめぐりは、それ独自のいのちの営みを持っていて、人が自然の歩みとの健やかな「一体感」を感じることにより、自分を発見することにつながる、というシュタイナーの考え方に基づいた本です。
自分の魂の中に、自然や宇宙の進行を感じることで、"自分と自分が生まれてきた世界とをつなぐ、繊細で意味深い糸"の存在に気づくことができる、という考え方です。

時々ふと読みたくなって、本を開いてみると、その時その時で響く詩が推移していくのがわかります。
別の季節の詩がぴったりくることもあるけど、今の詩がぴったりなこともある。
自分に響く詩が推移していくことに、時間と自然が大きくかかわっているのがよくわかります。

今の気分はこの第4週の詩みたい。
私は季節ごとの日光の量に、気分が相当左右されているのかもなあって思ったところです。
おとといくらいから、突然制作意欲がこわいくらい(?)わいてきて、さっそくいくつか作品をつくりました。
ずっとそんなに気がのらなかったのに。。

自然は自分に大きく作用しているなあって思います。
だけどそれも、この本を読んで、季節の移り変わりに「意味」をみつけるようになったからなのだろうなあって思います。

「時間の流れ」という目に見えないものを、季節を表す言葉で形にして、そこに「意味」を与えることは、人を前に進めていく作用があるのかなあって思いました。
それもシュタイナー教育の目指しているところなのでしょうか。。

「意味」があると、それを手がかりにして前に進んでいける。
山の斜面を登る時に、ただ闇雲に登っていくのと、手がかりを見つけて計画的に登っていくのでは、能率が違ってくるのと似ている気がします。

そして「意味」は、自分で勝手に設定していいものなのだとも思います。
それがあることで、日常が楽しくなったり、発見に満ちたものになるのだったら、あったほうが楽しい。

今週の詩はこの季節にも、自分の気持ちにもぴったり。
今日もあふれる光の休日です。
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by songsforthejetset | 2008-05-04 10:29 | | Comments(2)

どうして人生は


どうして人生は、その時その時に必要なものを、絶妙のタイミングで投げかけるのだろう?

今回はほんとにまいった。
「食堂かたつむり」。

王様のブランチで紹介されているのを見て、へーと思ったけど、買いたいと思うほどではなかった。
翌日pieniに行ったら、そこに「食堂かたつむり」があった。
さっき他の人から返ってきたばっかり、持ってかえっていいですよー、と言われ、すぐ貸りて帰った。

家に帰って読み進むうち、主人公と自分があまりにもよく似ていることに気づかされた。
まるで自分のことが書いてある本を読んでいるみたい。
最後大泣き。

主人公とはいろいろなところでよく似ていて、感じている気持ちもそのまま自分が感じたことと一緒だったりする。
状況はだいぶ違うけど、心に起こったことは似ているのだと思う。

主人公は信じていた恋人に、貯金と家財道具一切を持ち逃げされ、ショックで声を失う。
(※↑こういう経験はありません(笑)。私恋愛では主人公より「おかん」寄り。)
そして遠い昔に出てきた田舎の実家に帰り、食堂を始める。
その人のために心をこめてつくる料理が評判となり、主人公は自分の料理で人を幸せにすることに喜びを見出していく。

(と書いたらよくあるほのぼのストーリーなのですが、そうでは終わらないところにベストセラーの理由があるのだと思います。)

主人公にとって、声を失うほどショックだったのは、恋人から裏切られたということ。
私にとってのショックは、3つ下の弟を亡くしたことで、失ってしまったのは「悲しいことに反応する心」だったりする。

私が小学校5年のときに、弟が重い病気になって、最初の入院をした。
一度の入院は約半年で、それが大体1年おきくらいにあった。
病院には母親が付き添っていたから、その間の家事は私と父親でしていた。

でもそれを不満に思ったりしたことは一度もなかった。
人と自分を比べて大変だと思うこともなかったし、そういうものだと思っていた。
大変なことがおこったから、しっかりしなくちゃと思っていた。

ずっとその頃から、自分だけは「大丈夫」でいなくっちゃと思っていた。
つらそうにしたり、傷ついたり、沈んでいたりしたらいけないのだって思って、いつも平気にしていた。
こんな状況の中で、自分までつらそうな素振りをみせたらいけないって、子供ながら無意識にそうしていた気がする。

だからかもしれないけど、いまだに私は、映画とかの悲しい場面で周り中が泣いていても、そういう場面では、ピタッと心が反応しなくなってしまう。
それは、いままでいきいきと輝いていた自然が、急にコンクリートで固められてしまったみたいな感じ。
自分は心が冷たいのかなあって思ったこともあるけど、どんなにがんばってもそういう場面で泣けなくなってしまった。

その反対に、嬉しいことや、感動することではすぐに泣ける。
悲しいことに反応しない分、嬉しいことに倍反応してるみたい。

家族がずっと大変だったから、なにか困ったことがあっても、他の人に相談したりすることはなかった。
友達にも、深刻すぎて、話そうとも思わなかった。

自分は「大丈夫で普通」でいないといけないと思っていたし、しっかりしなくちゃと思っていた。
甘えられる人もいなかったし、甘えたりしたら迷惑をかけると思っていた。
なにか悪いことがあったら自分のせいで、自分はがまんしなくちゃと思っていた。

私が大学受験の頃に入院したのが、弟の最後の入院になった。
亡くなったのはその年の9月だったけど、後から思い出したら、自分の記憶がポッカリ抜けているところがあったりした。
もしかしたら、あまりにつらい経験は、勝手に脳が記憶を消してしまうのだろうか?って思ったこともある。
自分もあまり思い出さないようにしているからかもしれない。

弟が病気になってからは、うちに人が集まるときにはみんな泣いていた。
10代の頃、私の隣には常に「死」があって、それが普通で、そういうものだと思っていた。

弟が亡くなってから何年か後、今の家を建てた時にお祝いをして、その時にはじめて、うちに集まった人がみんな笑顔でいた。
集まった人が楽しそうにしているのが、こんなに幸せなことなんだって、その時はじめて知った。
その時に感じた、何も心配せずに楽しんでいいということが、こんなに幸せなのだっていう気持ちは、一生忘れないと思う。
だから今でも、集まった人たちの笑顔を見るのが、私はとっても好き。

弟が病気になってから、自分が困ったことを誰かに相談したり、甘えたりという習慣がなかった。
自分は大丈夫でいなくちゃと思っていた。
そのままで大きくなってしまったから、いつも外側の自分で外の世界と接して、ほんとの自分を出すことってなかった気がする。

ほんとの自分をすこしづつ出せるようになって、まだ2年くらい。
そういった中で、「食堂かたつむり」の主人公のように、"自分が持っているもので人を幸せにできる"ことが自分にもあるのだって知った。

いちばん大きかったのは、アクセサリーつくり。
主人公の、
「私にとって、料理とは祈りそのものだ。」
という言葉は、私が作品をつくるときの気持ちとそのまま同じ。

つくるときには、必ず、これをつける人が幸せでありますように、と思ってつくる。
主人公が料理の前に、お客さんがどんな料理を望んでいるか面接をして、心をこめてその人の幸せを願ってつくるように、私もオーダーをいただいた際には、その人の願いや希望、自分がこうなりたいといった夢を聞いて、その願いが叶ってさらにもっと幸せになりますように、と思ってつくる。

主人公の料理でいろいろな人が幸せになったように、私も買ってくださった方から、いいことがあったとか、これをつけていると元気になるとか、ここ一番というときにつけるとか、お伺いすることがある。
そんな時は本当に嬉しい。

自分が持っているもので、人を幸せにして、きっとそのことで自分も癒されているのだと思う。
それも主人公と同じ。

主人公が食材の声を聞いて、そこからお料理の着想を得るように、私も素材からデザインを教えてもらうことがほとんど。
手に取ったら、その石が、どうつかったらいいか教えてくれる。

主人公がクリスマスにカップルにケータリングした帰り道の気持ちはそのまま、初の個展をしたときの自分の気持ちみたい。

とにかく他にも主人公とは似ているところがいっぱいあって、これからの自分がどう生きていったらいいのか、今忘れていることはなんなのか、しなくちゃいけないことが何か、とっても明快に目の前に差し出されたような、そんなお話だった。

昨日は読み終わってしばらくボーっとなってしまった。

ほんとに人生や運命は、常に私たちに疑問を投げかけるけれど、その時その時に必要な答えは必ず用意してくれているような気がする。

それは宝物探しのように、生活のどこかに隠れている。
ふとした直感や、大切な人の言葉、繰り返し現れるなにか、なんだか気になってしょうがないものの中には、自分への答えがひそんでいる。

そして、"すべての山に登る"ことも大切なのだと思う。

運命はたしかにある。
そしてそれは、自分しだいで変えられる。
なにより大切なのは、じぶんで歩き出すこと。


ずうっと暗い倉庫の中で、たくさんの荷物に囲まれて、膝を抱えてじっと座っていた。
天井に窓がひとつ。
でもそこから出られるとも、出たいとも思わなかった。

ある日、そうっと窓を押してみたら、窓は開いた。

鍵は最初からかかっていなかった。
出られなくしていたのは自分の心。

窓を押し上げて、外に出てみると、明るい草原と森があった。
歩いていくと、きれいな花が咲いて、美しい世界が広がっている。

楽しくて、楽しくて、遊んでいて、
ふと上を見た。

そこには水面があった。

はるか遠くに、ぼやけて光る太陽がみえる。
ここはまだ海の底。

向こうにもっと明るいところがある。
行かなくちゃ。

でもふと気づくと、まだ私はたくさんの荷物を持っている。
手放さなくっちゃ浮かんでいけない。

重たい重たい。
まだ水面は遠い。


今まで宝物だったもの。
それがないなんて考えられなかったもの。
無くすことを想像することすら怖かったもの。

そういったものを、私は最近、どんどん捨てはじめています。
もういらない。

去年の春は自分の心がリセットされた。
そしてこの春はなんだか環境をリセットしているみたい。

いいのか悪いのかよくわからない。
でも、じぶんの心の声に忠実でいようと思います。

そんなときに出会ったのがこの小説。
やっぱり必要なものとは出会うようになっているのだろうって思いました。

人生に必要なものはそう多くない。
でも私には、まだまだ足りないものがいっぱい。

足りないものが集まって、答えが見つかってはじめて、悲しい場面で泣けるようになるのかも。
とりあえずゆっくり前に、かたつむりみたいに進んでいこうと思っている今年の春です。
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by songsforthejetset | 2008-04-22 00:38 | | Comments(9)

「ゼフィルスの卵」


今日の山陽新聞に、東南アジアや九州にしか生息していないクロセセリっていう蝶が、倉敷で確認されたっていう記事が載っていました。
地球温暖化の影響みたいです。
生態系がだんだん変わってきているみたい。

池田清彦先生の「ゼフィルスの卵」の中にも、地球温暖化と昆虫のことが書かれた作品がのっています。
これは池田清彦先生のエッセイを集めた本。

カバーのブルーに輝く蝶が綺麗で、店頭でパラパラと読んでみて連れて帰りました。
フォントや余白のとり方、紙質も含めて本全体が綺麗。

ゼフィルスはギリシャ神話の西風の神様。
その卵って??と思って読みすすんでいたら、ゼフィルスっていうのは蝶の名前のことでした。

内容は、今までの池田先生のいろいろな分野の著作をまとめたもので、どの作品も簡潔にまとまっていて、とっても読みやすい。
素敵な短編集。

なかでもやはり、もともとのフィールドの「虫」について書かれているところが、私にはいちばん面白かったです。

私も女の子の中ではたぶん虫好きな方。
なんでも好きなわけじゃないけど(笑)。

ハピータウンで買った小松菜にでっかい青虫がいたので、何になるか飼育してみたこともあったり。
釣りエサのゴカイも平気で針につけれたりします。

いちばん好きなのはカナブン。
丸いし、かわいいし、カミキリムシみたいに噛んだりしないし、綺麗だし。
よく階段の踊り場とかのコンクリートの上でひっくり返っているのもかわいい。
フガフガしているのをみつけると、なんだか気の毒になって助けずにはいられません。

コンクリートの上で弱っている虫を見ると、緑の中に戻してあげたくなる。
見つかるなよ~って思いながら、植木の枝とかにそっと置きにいきます。

でもいくら好きでも、キノコについた虫を集めて食べちゃう池田先生のようにはなれません。
人間って案外丈夫なんですね。。

子供の頃、田舎でハチノコやイナゴの佃煮は食べたことがあるけど。
イナゴの佃煮は、完全に生前のままの姿をしています(笑)。
今みたら絶対食べれない。

そんな池田先生、書かれる文章もとっても味わい深いのです。
文章の中で時々私が好きなのは、奥様をすごく大事にしていらっしゃるところ。
よく奥様のことを書かれていらっしゃるのですが、文章からもとても愛情が伝わってくるのです。

"人工の美を鑑賞するには周囲に人が大勢いても気にならないが、自然の美を愛でる時は女房と二人だけの方が気分がよろしい。"
この一文すごい好き。

ところどころにキラッと人間的な優しさが光っていて、自然からの視点で人や人を取りまくいろいろなことを見つめていらっしゃることが感じられるところが、すごく素敵だと思います。

池田先生はたくさんの本を出されていらっしゃいますが、これはいろいろな分野について書かれた文章がちょっとづつ読める、お得な一冊です。

池田先生のこと書いてたら、養老孟司先生の特集がTVではじまった!
養老先生やっぱかっこいいなあ。。

池田先生と養老先生は虫取り仲間で、海外にもご一緒に虫取りに行かれるそうです。
ついていったら楽しそう。。

お2人とも、書かれていることが私にはとってもわかりやすい。
どちらもまず「自然」を最初に考えられているからだと思います。

さっき養老先生が、木の葉の配列は、それぞれが日光を効率よく受け取れるように、葉っぱが互いに話し合って決めているって言われていました。

自然は一見ランダムに見えるけれど、実はとっても複雑なルールの下に構成されている。
だから美しく見えるのだそうです。

自然の美しさは何物にもかえがたいし、なくしたらなかなか戻ってこない。
自分たちの身近な自然を意識することがたいせつなんだって思いました。

いちばん身近な自然は、自分の体だから、大事にしなくっちゃ。
夜更かししちゃった。。
お肌に悪いので寝ます!(笑)
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by songsforthejetset | 2008-02-19 02:16 | | Comments(2)

西條剛央さん&池田清彦さん

「幸せになる方法」を書いたのは、自分が今まで触れたことのなかった「哲学」について、何冊か本を読んで影響されたから、ということもあります。
今年の春、洋裁クラブでご一緒のお友達Sさんから、西條剛央さんっていう哲学者さんについてのお話をお聞きしたのがきっかけでした。

Sさんは、忙しくて出張も多い仕事をこなしながら、2人の男の子の子育てと家事をして、その上大学の博士課程で看護学の論文も執筆しつつ、驚異の速さで洋裁の作品も仕上げてしまう、スーパーママなのです。
そのSさんの大学に、講演で来られたのが西條剛央さんで、「構造構成主義」という新しい理論を打ち立ててしまった方なのだそうです。
それはほんとにすごいことなのだそうで、私はよくわからないながらも、Sさんのお話に感心していました。。

「構造構成主義」は、人と人との信念対立を解消できる理論なのだそうです。
そっそれはすごい!
でもどうやって??

とりあえず図書館で本を借りて読んでみましたが、専門用語ばっかりでよくわからない。。
「一言で説明できるような理論ではない」みたいなのですが、あえて無理矢理一言にすると、「終わりよければ全てよし」みたいな感じ??(違うかも。。)って思いました。。

信念対立は、それぞれ自分の方が正しいと思っている、違う意見を持った人と人の間で起きるもの。
どちらの言っていることが「唯一の正解」なのか選ばないといけないから勝ち負けが生じ、対立してしまいます。

「構造構成主義」的な考え方だと、まず「最良の正解」があり、関わる人たちはそこをめざして、それぞれの立場から意見を出し合います。
それぞれの『違い』は「対立の原因」ではなくて、「よりたくさんの選択肢」の中から「より良いものを選ぶ」ための材料になります。

(ほんとはもっと複雑なんだと思うんですけど。。たぶんこういう考え方で合ってると思うんです。でもひょっとしたらすごい的外れなこと書いてるかもです。)

論争に勝つという方法では、ひとつの方法しか選択できないし、それが正しいという確証もないのです。
だけど、今の時点で最良と思われる「正解」に、関わる人みんながそれぞれの立場から近づけていこうという方法なら、みんなの「最善」を持ち寄ることができます。

「構造構成主義」の理論は、特に医療の現場でも最近注目されているそうで、Sさんの専門とする看護学の分野でも、注目されている理論なのだそうです。
医療の現場は、人の生命という最も大切なものが関わっていて、治療に関わる方たちの立場や専門分野も多岐にわたるだけに、より激しい信念対立が起きやすいのだそうです。
身近な話だけに、なんかわかる気がする。。

私も病院の先生方の勉強会に、お話を聞きに参加させていただくことがあるのですが、EBM(Evidence Based Medicine)という言葉をよく聞きます。
これは、今までの医療の現場では、その患者様の主治医の先生が、経験や知識に基づいて治療方針を決めていたところを、今ある科学的な研究資料に基づいて、一人一人の患者様に最適な治療を行うといった考え方です。

そしてまた、NBM(Narrative Based Medicine)という考え方もあります。
これは、患者様との1対1のコミュニケーションの中から得られる、様々なその人の「物語」から、病気の背景を理解し、全人格的なアプローチを試みるという考え方です。

この2つは、医療の現場で近年重視されている、QOL(Quality of Life)という考え方「人が人としての尊厳を保ち、よりよく生きること」に直結しています。
QOLのの向上に不可欠なのは、「人はひとりひとり違っているのだから、その人にとっての「もっと良い」結果を探すこと」という認識です。

EBMとNBMは、科学と芸術みたいに思えます。
大学に理系の学部と文系の学部があるように、どちらも人間の生活には欠かせないものです。
理系は「目に見える現実の物体」に関わる科学的な研究、文系は「精神的、情緒的なこと」に関わる芸術的な研究といえます。
こころとからだのバランスがとれて、健康といえるのと一緒で、現実の世界で人が幸せであるためには、両方がとっても大切です。

しかし大学では、文系と理系の先生の間には、しばしば信念対立が生じます(笑)。
ものごとの見方が別の角度からだから、お互い納得のいく合意に至るのが至難の業らしいです。
文系・理系が混在する教育学部の会議は、終了予定時間を大幅にオーバーするのに、理系の学部の会議は、終了予定時間にサクッと終わることからも推測できます(笑)。

大学の中には、こういった文系・理系の信念対立、医療に関わる人たちの信念対立や、事務組織内や研究室内での信念対立など、さまざまな立場の人の違った視点からおこる対立が、ほんとにたくさんあります。
そして大学の外には、もっと多くの信念対立がたくさんあります。

だけど、人と人とが対立して、せっかくの時間を無駄にするよりも、協力して、よりよい未来を一緒に創りあげようという考え方をしたほうが、ずっと効率的です。
「優劣」や「勝ち負け」ではなくて、「多様性の素晴らしさ」で考えたほうが、きっと楽しい。

そういったものを包括する役割を、この「構造構成主義」の考え方は持っているのだと思います。

ちなみにこの西條剛央さん、ブログを書かれていて、その文章がとてもよいのです。
 西條剛央のブログ:構造構成主義
私が落ち込んだときに、必ず読むブログでもあります。
人柄を感じさせる文章にめっちゃ癒されます。

こんなに賢い人が、こんなに優しいってことに、いつも感動します。
自分もこういう強い人になれたらいいなあって思う。
たまに、自分と同じようなこと書かれてることとかあったりして、そんな時にはすごいうれしいです。
来年Sさんの大学に講演にこられるそうなので、ぜひ生でお話をお聞きしてみたいです。

そしてその西條さんの「構造構成主義」は、哲学者の池田清彦さんの理論から発達したものだそうで、お二人は仲のよい師弟関係にあるみたいです。
『科学の剣、哲学の魔法』というタイトルのお二人の対談集は、内容は固いのに、すごくほのぼのした雰囲気を感じさせる一冊です。

池田清彦さんは、最近TVに出演されることが多くなって、私もこの前動いてる姿をはじめて見て感動しました(笑)。
この方の本が、また目からうろこの内容で、私はいくつかの物事の見方が180度変わったほどです。
もし20歳の頃に読んでいたら、人生が変わっただろうなあって思います。

私の考え方にも、すごく影響を与えてくれた本です。
特に、以前より他人に腹を立てることがなくなりました(笑)。

『他人と深く関わらずに生きるには』
『正しく生きるとはどういうことか』

共に文庫になっています。(新潮文庫)

タイトルにちょっとびっくりするのですが、内容はなるほど!って納得することがいっぱいです。
現実でイライラすることが多い方におすすめです(笑)。

私が好きな養老孟司さんと池田清彦さんは、お互い虫好きで、いっしょに海外に虫取りに行くくらい仲が良いそうです。
お二人の「人間は一生物」という考え方に、私もとても納得できるのです。

夏には哲学者の竹田青嗣さんのレクチャーを直島に聞きにいったり、本をちょこちょこ読んだりして、以前より哲学というものが身近に感じられるようになってきました。

そういった中で、哲学は日常にあるものなんだって思ったのです。
で今回「幸せになる方法」ってタイトルで自分の日常の思いを書いてみました。

ずっと以前から、自分が興味があるものを追っている時には、よくニーチェが出てきていたのです。
だから、いつかは読まないといけないんだろうなって思ってました。 
ただ、哲学っていう言葉にすごい腰が引けてたのですが。。

ある日図書館で『ニーチェからの贈りもの-ストレスに悩むあなたに』っていう、ニーチェ名言集みたいな読みやすい本を借りて読んでみました。
そしたら、やっぱり私が思ってるようなことを、もっと高度にした(笑)言葉が並んでいて、こういうことかぁ~。。って妙に納得したのです。
なんだかパズルが解けたような気持ちがしました。

印象に残った言葉です。

「ひたすら君の人生だけを読みなさい。そしてそこから人生一般の暗号文字を理解しなさい。」

「何のために『世界』が存在するのか、何のために『人類』が存在するのかといった問題には、
 私たちは差し当たり全然かかわり合わないでおこう。(中略) 

 しかし何のために、君という個人が存在するのか、それは自ら問いなさい。
 そして他の誰もその答えを君に言えないならば、君の存在の意味をいわば後天的に正当化
 するよう、ぜひ一度試みなさい。
 君の前途にひとつの目的、ひとつの目標、ひとつの『そのために』を自分で設定することによ
 って。
 ひとつの崇高かつ高貴な『そのために』を自分で設定することによって。」

うーんすごい。
必要なものは、自然に人生が与えてくれるんだなあって思います。
気をつければ、毎日の生活の中に、必要なもののサインはあるのです。
                                    (→こんな日記も書いてました)

サインをうまくキャッチできるように、しっかりいろいろなものを見て感じていたいです。
それがきっと哲学のはじまりなんだろうと思います。
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by songsforthejetset | 2007-10-06 12:21 | | Comments(5)

0910744689さん

本好きなので、本屋と図書館がすごい好きです。
週に2、3回くらい行ってます。

この前県立図書館で借りた本の中に、去年の3月にその本を借りた方の貸出票がはさまってた本がありました。
0910744689さん。
9冊の本を借りられてました。

「ローラ・アシュレイ」に貸出票がはさまってたのですが、私がその時借りた「ターシャ・テューダーのクックブック」を、0910744689さんも借りられてたのでびっくり。
置かれてる場所が全然違う2冊なんです。

その他はイギリス関係、アンティーク、英語詩、ニーチェ、勉強法などに関する本を借りられてたのですが、私が前に読んだことのある本も何冊か入ってた。
なんか他人とは思えません。。

読書傾向が似てる人は、趣味や雰囲気も似てるんじゃないかと思うのですが、どんな人なんだろう??
0910744689さんが紹介してくれた、まだ私が読んだことのない本を、今度借りて読んでみようかなって思いました。
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by songsforthejetset | 2007-02-17 21:54 | | Comments(4)

『いけちゃんとぼく』

「書店で号泣したくなかったら、必ず買って家で読むこと」
って、雑誌で紹介されていたのがこの絵本。

『鳥頭紀行』『恨ミシュラン』『ぼくんち』などでおなじみの西原理恵子さんの初の絵本だそうです。
西原さん昔から大好きで、作品読んでてなにか自分と共通したものを感じます。。

作品は"ギャグマンガ路線"か"ほのぼのせつない路線"で、どっちも味わい深いです。
この『いけちゃんとぼく』はどっちも楽しめる作品でした。

絶対読みたい!って思って、まず図書館を探したら、貸出中。。
クレドの紀伊国屋にあるのをwebで確認して、さっそく行ってきました。

絵本だし、そうは言っても立ち読みですぐ読み終わると思って、読み始めました。

・・・絵本って、マンガのコマが大きくなってるだけでは・・・!?

とまあ若干ツッコミつつ。。

"いけちゃん"は、なんとなくぼくのそばにいる"何か"で、ぼくとはすごく仲良し。
夜中のトイレに一緒に行ってくれたり、いじめっこにいじめられたりした時になぐさめてくれたり、コタツにあたるとおおきくなったり、悲しいと小さくなったり、くるまって眠れたりもする、ふしぎな"何か"。

いけちゃんが何なのか、最後にわかります。

やっぱり書評はホントだった!!!
ちょっと意外だったけど、あっ、そうなんだ。。って思って、瞬間(T_T)。

こりゃやばいと思ってすぐ本閉じたけど、涙は止めれません!
書店で両頬から涙がころがり落ちたのは初めてです。

「絵本を読みながら泣いている女の人」
怖い。。
絵本売場で人がいなくてよかったです。
   
立ち読みするつもりだったのですが、買っちゃいました!
で家に帰ってこんどは最初から号泣しながら読みました。
こんなに泣いたの久しぶり。

私もいけちゃんと同じこと思ったことあります。
自分が女性だからかな?って思ったんですが、男の人はどうなんだろう?
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by songsforthejetset | 2007-01-24 21:28 | | Comments(2)