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天満屋倉敷店・B..B..Bの佐藤梨代さんが来店なさっています

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虫や花、動物など、自然をテーマにした素敵な作品をたくさん作られている、B..B..B佐藤梨代さん。

5/5まで、東京から天満屋倉敷店に来てくださっています!

佐藤さんの温かで優しい人柄が表れている作品たち、初日から大人気です♪


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佐藤さんもとても素敵な方なので、お近くにいらっしゃる際にはぜひお越しくださいね(^-^)。
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by songsforthejetset | 2011-04-30 23:19 | アクセサリー・Lumiere | Comments(0)

インターネットがつなぐご縁 カイヤさん&@mce388さん in 天満屋倉敷店


今日は天満屋倉敷店の作家在店日でした(^-^)。

今5階催場で開催中の、「日本全国ご当地グルメフェア」に、カイヤさんがいらっしゃっていました!


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カイヤさんは、GACKTさんのSHOW YOUR HEARTの募金活動に、ご主人の川崎麻世さんと参加なさったり、集めた救援物資を持って石巻に行かれて炊き出しをなさったりと、熱心に被災地支援に取り組んでいらっしゃいます。

「これは日本のみんなが今すぐ考えていかないといけないこと」

そう熱意を持っておっしゃっていました。
芸能人とか、アメリカ人とか、そういったことを超えてお話しして下さっていた。

お会いした印象は、太陽のような温かさと、大草原のような広がり。

とても美しい方で、でもその中に「肝っ玉母さん」的な包容力も感じる方でした。

カイヤさんのブログを拝見していたら、お母様の写真が。
とても美しい方で、ネイティブアメリカンのスー族の方なのだそうです。

ネイティブアメリカンはほとんどが母系社会だそうなので、カイヤさんの包容力や心の大きさは、そういうところからきているのかもと思いました。

ブログにも、自然と調和して生きるための生活の知恵がいろいろと載せられています。

わたしのオスカルのブレスレットを一目見て、すごく褒めてくださって、石の持っている力にもとても敏感でいらっしゃるようでした。

明日は11時と3時から、サイン&握手会がありますので、ご興味ある方はぜひ!

ちなみにカイヤさんのサンドイッチもおいしかったですよ(^-^)


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震災支援関係のツイッターを通じて、コメントをいただいたのがきっかけで、今日天満屋倉敷店にお越しくださった@mce388さん。

お話させていただいたら、職場とか行っていた講演会とか、あちこちでニアミスでびっくり!!

とても素敵な方で、お話がはずみました。

被災地支援の活動を熱心になさっていて、もうすぐ被災地へボランティアに行かれるのです。

カイヤさんがいらっしゃっていることをお話ししたところ、すぐ会いに行かれて、カイヤさんと被災地支援について色々お話しなさったとのことでした。
よい出会いでよかったです!

わたしも先日、麻世さんとカイヤさんが支援活動に関わられているのをブログに書いたばかりだったので、実際お会いするなんて考えてもいませんでしたが。。

本当に、ツイッターやブログのようなインターネットを通じてのご縁って、普通よりもずっと加速するのです。

世間は狭いというか、出会う方とは出会うべくして出会うのだと実感した今日でした。

カイヤさん、@mce388さん、ありがとうございました(^-^)/
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by songsforthejetset | 2011-04-30 02:56 | つれづれ | Comments(0)

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表の西條剛央さん 被災地からのツイキャス 4


志津川高校避難所からの録画ライブ  対談:アリウープ兄弟とふんばろうスタッフ 4


*参加者
西條剛央さん@saijotakeo、仙台在住の西條さんのお父さん、哲学者で妖怪学者でもある甲田烈さんと、
現地の宮城県本吉郡南三陸町志津川高校避難所にて、毎日250人においしい食事を作られているアリウープ兄弟(お兄さん@AlleyOopG23 弟さん@AlleyOopuchi )の皆さん。

撮影は、ロシアのシステマという武術の先生北川貴英さん@TKHDKTGWです。
北川さんのツイキャスチャンネルには、他にも被災地からのレポートがあります。
http://twitcasting.tv/tkhdktgw/show/


アリウープ兄弟はボンジョビが好き。

津波の時、いちばん古い、たいした使い物にならないかばんだけ持って出てきてしまった。
メインの財布とかは部屋にそのまま。

逃げてきた人はみんな仕事の格好のままだった。
ちょっとなにか取りに行った人が逃げ遅れた。
まさかこんな所まで津波が来ると思わないし、まさかそんな速度で来るとも思わないし。

生き残った人はとにかく逃げた人。
最初の何日間かは、仕事の時のままの格好の人はいっぱいいた。

初動の速さで運命が決まる。

西條さんも地震が来て、すぐに奥さんを職場に迎えに行って、途中で渋滞に遭ったのでそこからは歩いた。
でも少し遅れたら、家に帰るのに6時間くらいかかった人もたくさんいた。
東京も、最初の動き出しが早い人はよかった。

地震が来て、津波が来て、雪降って、全部電気消えて。
その夜は、見たことがないくらい、近くて綺麗な星空だった。

でも悲鳴があった。
悲鳴が聞こえて、流されて、また聞こえなくなる。
夜中の12時頃に、すごい大きな第二波が来て、しがみついていた人がみんな持って行かれた。

親戚の人と一緒に、車で水につかっていて、我慢できず車の外に出た人がそれで亡くなった。
車に乗っていた人は、車が船みたいになって助かった。
でも、車を捨てた人が高台に逃げて助かったこともある。

自宅の2階部分だけが1km以上流されて、びしょびしょになりながらも孫だけは差し上げて守った人もいた。
冬の海なんて、寒さだけでも死ぬ。

2月でも雪がそんなに降ったことがないのに、津波の時、瞬間的に1時間で真っ白になるほど降った。
晴れてる時に大地震が起きることが多いのに、今回は天候も最悪だった。

西條さんのところに、ツイートでいろんな縁が、いろんな所から来た。
早稲田の総長さんの親友の妹さんが、ツイッターを見て、総長さんとつなげてくれた。

東京でも、ツイッターだけは震災直後でもつながった。
電話はだめ。
だから、親にはツイッターやらせるべきだと思った。
それさえあれば、安否確認がすぐできる。
ネットさえつながればなんとかなる。
ツイッターすごい。

とここでiphone講座^^

妖怪とか超常現象の本をたくさん出されている甲田さん。
撮影中の北川さんも、ロシアのシステマという武術の本を何冊も出されている方。
西條さんのお父さんも空手部。

最初に被災地入りする際、北川さんと西條さんの2人の予定だった。
でも、2人とも普段運転していない「ゴールドペーパードライバー」。
「原発とか余震は怖くない。
でも首都高で死ぬ可能性がある(笑)」

「万が一ということがあったら、一生後悔する」という社長さんが、急遽前日に運転手で参加してくださって、その社長さんがさかなのみうらさんと出会った。
そこからこういうふうになった。
縁はすごい。

避難所に残っていたおかげで、いろんな人と知り合える。
世界の炊き出しも食べられる。
バングラデシュのカレーや丸亀うどん。
いろんな国の人が来てくれて、こちらに合わせて日本語を話してくれる。

西條さんは今回の支援活動で、「一生分電話した」。
電話代がどれだけになるかわからないそう。
もともと電話とかあまり好きじゃないタイプだったので、できるだけ奥さんに話してもらっていた。

震災が起きて、リミッターを外して、やれることはすべてやろうと思った。
有名になるのが好きじゃなかった。
専門書は15冊くらい出していて、そういうところで細々とやっていこうと思っていたけど、そんなこと言ってられない。
自分にできることはすべてやろうと思った。

「色々な縁を感じながら、日々明るく。」とアリウープ兄弟のお兄さん。
おばちゃんに下ネタを言って、日々笑わせ続けるのが楽しみ。
笑ってもらうのが一番。

笑ってる状態で、不幸せな人いない。
笑ってる瞬間は、少なくとも不幸せではない。

ツイッターの可能性はすごい。
市長さんとか、GACKTさんとかとつながって、普通に電話している。
「今まで起こり得ないこと」が起こるのがツイッター。

だから、世界で革命が起きたのもわかる。
あまりにもつながる速度が速い。
シンプルすぎてどこにそんなポテンシャルがあるのか一見わからないけれど。
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by songsforthejetset | 2011-04-27 10:57 | つれづれ | Comments(0)

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表の西條剛央さん 被災地からのツイキャス 3


志津川高校避難所からの録画ライブ  対談:アリウープ兄弟とふんばろうスタッフ 3


*参加者
西條剛央さん@saijotakeo、仙台在住の西條さんのお父さん、哲学者で妖怪学者でもある甲田烈さんと、
現地の宮城県本吉郡南三陸町志津川高校避難所にて、毎日250人においしい食事を作られているアリウープ兄弟(お兄さん@AlleyOopG23 弟さん@AlleyOopuchi )の皆さん。

撮影は、ロシアのシステマという武術の先生北川貴英さん@TKHDKTGWです。
北川さんのツイキャスチャンネルには、他にも被災地からのレポートがあります。
http://twitcasting.tv/tkhdktgw/show/


みうらさんとの出会いが運命的で、すべてが動きはじめた。
最高の出会い。
それがなかったら、今の活動はなかったかも。

偶然の出会いみたいなところから、これはいけると確信。
チームの中に現地の人を一人入れた方がいいとか、思いつかないようなコツをみつけた。
津波主被災地のマイナー避難所を個別に支援する方法

東北弁がしゃべれることは役立つ。
ズーズー弁が現地で受け入れられる。
海側に住む人は山の方に住む人よりしゃべるのが早く、怒ってるみたいに聞こえる。

みうらさんと奥さんは対照的なご夫婦。
島津さんが会いに行った時には、奥さんは泣いて喜んでいた。
島津さん御夫婦と息子さんは、仙台でも珍しいほどの世話好き。

逆の立場になったら自分ができるのかと考える。

事情を自分の友達にちゃんと伝えると、物資も集まる。
何の目的かもわからずに、どういう状況かもわからずにではなく、ちゃんと伝えないといけない。
伝わった人は、「そんなことになってるのか」と驚く。

さかなのみうらさんが出演するプロフィールビデオをみて、後ろに何もなく、ただ瓦礫があるのを見て、
「同じ日本でこういうことが起こってるんだ」というのを初めて知った人もいる。
プロフィールビデオ撮影の様子

津波で養殖の網が流れてきて、鉄筋の4階のビルの上にかかっている状態。

最初に被災地を訪れた時、みうらさんの店に救われた。
「これだけすべて失った人が、前を向こうとしている。
俺らなんかなんでもできる。」
と思った。

現実が伝わっていない人には、笑われて一蹴されて終わり。

個別の支援も、USTとか全部含めて文字にして、文字起こしする班と翻訳する班をつくった。
こういった情報を海外に出していって、世界に現状を伝えてお金を集める。
やらなきゃいけない。
お金なんかいくらあっても足りない、足りなすぎる。
人を育てることも大事。

ただお金をあげるのではなく、生きている人を活かす仕組みが必要。

被災地の現実は、あまりにもヘビーで感覚がマヒする。
現地の人は見慣れて、慣れるのも早いし、あきらめも早くなる。
ここまでやられると。

自分の家は高台にあるから、近所の人からは大丈夫と思われていたが、車庫の上に他人の家が載っていた。
そういうもの見たら、いろんなもののあきらめがつく。

今度の28日が亡くなった方の49日、法事になる。
葬式の前に法事になる方もある。
行方不明者はいつから死亡って決まるのか。

途中からツイッターの使い方レクチャーはじまる^^

ふんばろう東日本支援プロジェクトを支援されている松田美由紀さんは、この前はじめて被災地に入った。
「来てよかった」と言われていた。

見に来てもらうのが一番。
何もしない方は何もしなくていいし、でも何か感じてもらえれば。

まずは知ってもらって、これをちゃんと知れば、みんな何とかしようと思う。
GWだけは渋滞になりそうなのでオフピークに来てもらって。
できる限り多くの人に見てもらうというのは大事なこと。

被災地でツイッターで発信している人がいない。
ほぼ見たことがない。
発信することで変わる。

iphoneの方が直感的に操作できるので、老人もつかいやすい。

こういう時ソーラーは役に立つ
携帯の充電も。
今はけもの道を歩いて、洗濯板で洗濯する生活。

USTの説明はじまる^^

アリウープ兄弟は、志津川高校の広告塔。
取材も多く、取材の人には笑顔でって言われるが、こんなふくよかな2人が出てると物資が来なくなるんじゃなるかって心配。


(続く)
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by songsforthejetset | 2011-04-27 10:49 | つれづれ | Comments(0)

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表の西條剛央さん 被災地からのツイキャス 2


志津川高校避難所からの録画ライブ  対談:アリウープ兄弟とふんばろうスタッフ 2


*参加者
西條剛央さん@saijotakeo、仙台在住の西條さんのお父さん、哲学者で妖怪学者でもある甲田烈さんと、
現地の宮城県本吉郡南三陸町志津川高校避難所にて、毎日250人においしい食事を作られているアリウープ兄弟(お兄さん@AlleyOopG23 弟さん@AlleyOopuchi )の皆さん。

撮影は、ロシアのシステマという武術の先生北川貴英さん@TKHDKTGWです。
北川さんのツイキャスチャンネルには、他にも被災地からのレポートがあります。
http://twitcasting.tv/tkhdktgw/show/


避難所では笑いが大事。
延々とおばちゃんをいじりたおして笑わせる。

逆の意味で、被災してよかった部分もある。
交わることのない人とつながったり、避難所にいて顔は知っていてもしゃべったことのない人と話すようになったり、前よりつながりは濃くなった。
顔を見ただけで嫌だった奴も、いい人だったっていうのを知ったり。

何かあった時に、動ける人と動けない人がはっきりわかった。
アリウープ兄弟も、もともとは町のために何か盛り上がりましょうという性格じゃなかった。

西條さんもボランティアとかも一度もしたことがないけれど、今回はボランティアと言う意識がまったくなくて、ただなにかをやらずにはおれなかった。
なにもできないほうがつらい。

これからが長い。
一回物資を運んで、はい終わりという状態じゃない。
一回で運べる量は限られているので、後方支援につなげて継続的にできるシステムを作っていかないと。

どうしても人間は忘れてしまうし、忘れるから生きて行けるんだけど、ただ喉元過ぎればと言う風になってしまうと、「これからどうするの?」ということになってしまうので、これからなんとかしていかないと。

陸前高田市消防団高田分団の分団長さんが、雇用創出が大事と言われていた。
瓦礫をどうするか。
町をすべて、0からでなくマイナスからやり直ししなくてはならない。
撤去しないといけないので。

暇を持て余している人に、重機の免許を無料で取ってもらう。
そうしたらショベルカーとか自分たちで動かせる。
雇用してもらって、自分たちの手で町を復興させる。

とにかく無料で免許の講習が受けられるという体制を、自分たちで資金を集めてやりましょうと言っていたら、とんとん拍子に話が進んで、11日からやることが決まった。
その5分くらいの間に、たまたま先輩から電話がかかってきて、九州の会社で義援金を600万集めて、実のある形で使ってくれるところを探しているというから、重機の免許をを無料でとれる仕組みをすると言うとすぐ決まった。
ひとりに3万必要なので、それで200人くらいは手に職をつけて雇ってもらえる。
そういったことをやっていかないとだめ。

重機もスタッフも全国から集め、東北中で合宿をする。
復興には大手ゼネコンも入ってくるので、地元の人を優先して雇ってくださいと頼む。
漁師さんは船がないとどうしようもないけど、体力はあるから、手に職をつけてもらう。

もらってるだけじゃ生きてる感じにならない。
「生きがいを、自分なりの力を発揮して、それでお金をもらって生活をやっていく」
というのが生きるということだと思う。

とにかくここで成功事例をつくって、取材もしてもらって、広く知ってもらう。
そのあとに行政が動くもの。

ふんばろう東日本支援プロジェクトも、最初に立ち上げたのは2人。
出発点の小ささって関係なくて、本当にいいものは必ず広まる。
それができるんだということを示すことが大事。

最初はツイッター。
南三陸町に来て、あまりにもひどすぎる現実がちゃんと伝わっていないことにショックを受けた。
しばらくは思い出すだけで涙が出るような状態。
それをとにかく伝えなくちゃいけないと思った。

帰ってから夜遅く、ツイッターで発信。
次の日の朝7時くらいから、1000人単位でフォロワーが増えて来て、そこからはじまった。

エジプトだってヨルダンだってツイッターで革命がおこった。
ここでできないことはないんだ。
すごい可能性がある。

それが金曜日(4/1)で、岩上安身さんと月曜(4/4)にユーストリームで対談。
それを見たGACKTさんが連絡をくれた。
元々は、ツイッターで2人の活動を見て、同じ熱さを感じて何度もつないでくれた人がいたから。
そこからGACKTさんと川崎麻世さんとの鼎談。
どんどん広まっていった。

とたんに西條さんは有名人に。
初めて喋った芸能人がGACKTさん。
しかも普通に電話。
GACKTさんは本当に頭も切れる人で、言ってることもすごい的確。
同じ問題意識があった。
義援金を2億集めていて、「自分にできることは全部やります」とおっしゃってくれた。

USTを中継したのはGACKTさんの自宅。
GACKTさんがその日に沖縄に行かないといけないので、時間が取れなくて、自分の家で1時間半ならとれるのでと中継させてくださった。

ツイッターの可能性は本当にすごい。
ツイッターだけじゃない。

GACKTさんはこの試みを伝えるために、自分が広告塔になるみたいな感じで、こちらの話を引き出してくれた。
ちょっとわかりにくいことは丁寧に、「それってこういうことだよね?」って深めたりとか、あえて質問してくださったりして有難い。
すごい素晴らしい人。

自分の携帯の画面が、政治家から芸能人からありえないような並び方をしている。
ありえない。
すごい人、いろんな人とつながる。
ツイッターはそれが100倍加速している。

仙台市の医師会のトップの息子さんから連絡が来て、このへんの医療チームのトップをやっている人とも連絡できるようになった。
そういうことが1日に何個か起こる。
普通だったらありえない。

ここに来て、アリウープ兄弟と仲良くなって連絡取りあう人は、みんな動きが早い。
みうらの社長が連れてくる人はみんなすごい。
口だけじゃなく動いてくれる。

ブラジルの方や、神奈川のモスクの方。
カトリック教会の方も、自腹で毎週のように来てくれる。
ありがたい。

「味は保証できませんけど、うどんつくります」
と言って、個人でボランティアにきた人に感動した。

西條さんは、どうやったらマイナーな避難所を支援できるかを方法化した。
偶然話しかけたのがさかなのみうらさん。

避難所同士で連携して、物も「余ってる物あげて、足りないものもらっていって」、みんながハッピーになる。
そういうのがやれればいい。

気仙沼も、被害がすごいところから、車でほんの2、3分しか行かないところでセブンイレブンがやっていて、煌々と明かりがついている。
そのギャップがすごい。

隣町に買物に行くと、信号にびっくりする。
みんな普通。
普通の生活がある。
それを2時間くらい楽しんで、帰ってきて、瓦礫を見た時に現実に戻る。
空気が全然違う。

知ってる人と知らない人の温度差がすごい。
知らない人は普通に生活している。
同じ県でもそう。

逆にツイッターとかやっていると、リアルな情報が回ったりする。
やってないと、同じ宮城や同じ岩手でも、テレビの情報しかないから、東京とあまり変わらなかったりする。
ちょっと離れたところに、こんな悲惨なことがあると思ってない。
被災地の現実は、リアルからほど遠い。

西條さんはこの前大学の授業があって、「こういった状況知っている人?」って聞いたら、西條さんのツイッターをフォローしている1人しかいなかった。
だから普通はほとんど知らない。
知らないから問題意識が生まれようがない。

ふんばろう東日本支援プロジェクトの中核になっているのは、西條さんの学生さんたち。
西條さんからの情報を受け取っていたので、現実がわかっていた。
今は学校が始まってしまったので、また組織を再編してやっている。

西條さんが最初に被災地入りした時は、ちょうど仙台にガソリンが回り始めた時。
東京から物資を持っていって、仙台を拠点に動くという方法しかなかった。

ここ志津川高校の避難所では、まず重機を優先させたので、車がひっくりかえったりしてだめになった人が、中にあるガソリンを出して協力した。

瓦礫の中からしょうゆとかビールを出して、泥だらけでも使った。
何の疑問も持たず、ありがとうという気持ちで。

初めて行った時に、何の建物かわからなかったけど、待合室とかあって病院だとわかった。
病院だったら逃げられなかったかも。

近所の結婚式場で敬老会があって、お年寄りが狭い中で一晩立って過ごした。

何でもみんな初体験だから。
すぐに伝達しない。
名前もさっぱりわからないし。

数日後のことがわからないから、予定も立てられない。
変ってしまうから、あまり予定とか立てない方がいいと僕らは言ってる。
17時間後くらいのことはわかるけど。
そういう動き方をしてる。

西條さんのグループが出会った「第一村人」がみうらさん。
最初のめぐりあわせがラッキーだった。
普通の人だったら、こんなに大きな渦になっていない。

最初はどこも調べずに来た。
避難所なんてどこにあるんだという状態で、現状を見ないといけないと、最初に降り立ったのがさかなのみうらさんのあたり。
言葉もなく茫然とするしかなかった。


(続く)
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by songsforthejetset | 2011-04-27 10:39 | つれづれ | Comments(0)

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表の西條剛央さん 被災地からのツイキャス 1


以前、pieniに講演会に来ていただいた、哲学者の西條剛央さん。
現在は早稲田大学大学院(MBA)専任講師をなさっています。

ご実家が仙台ということもあり、震災後いち早く被災地入りされた後、復興支援のプロジェクトを立ち上げられ、日々奮闘なさっています。
「ふんばろう東日本支援プロジェクト」
http://fumbaro.org/

この西條さんのプロジェクト、ツイッターやユーストリームなどのインターネットメディアを通じて、あっという間にたくさんの方に広がっていったものなのです。

わたしもツイッターでずっとフォローしていましたが、その広がりの速さにはびっくり!!
でもそれも、このプロジェクトがどれほど必要とされているかということを表していると思うのです。

こちらは最初に被災地入りされた直後の、ジャーナリストの岩上安身さんとの対談。


津波被災地の支援について 西條剛央&岩上安身対談(2011.4.4)




そしてこちらはその後、ツイッターを通じてつながったGACKTさんと、川崎麻世さんとの鼎談。
GACKTさんは被災地支援のためにボランティア・ネットワーク「SHOW YOUR HEART」を設立され、川崎さんも奥様と一緒にGACKTさんの支援活動に参加していらっしゃるそうです。


「今ぼくらに何ができるのか?--みんなの思いをつなげる新たな支援システムの提案」
西條剛央/GACKT/川崎麻世の三名による三者鼎談(2011.4.14)





そしてその後、再度被災地入りなさって、今、宮城にいらっしゃる西條さん。
同行なさった、ロシアのシステマという武術の先生、北川貴英さん@TKHDKTGWが被災地の模様をツイキャスで配信してくださっています。

北川さんのツイキャスチャンネル。
被災地からのレポートが他にもあります。
http://twitcasting.tv/tkhdktgw/show/

昨夜、西條剛央さん@saijotakeo、仙台在住の西條さんのお父さん、哲学者で妖怪学者でもある甲田烈さんと、
現地の宮城県本吉郡南三陸町志津川高校避難所にて、毎日250人においしい食事を作られているアリウープ兄弟(お兄さん@AlleyOopG23 弟さん@AlleyOopuchi )の皆さんの、現場からのお話がツイキャス配信されました。

アリウープ兄弟は、南三陸町志津川駅前で「Alley-Oop」というスポーツカフェをなさっていたお2人。
現場の生の声を届けてくださいます。

お話の中によく出てくるさかなのみうらさんは、志津川で震災直後から復興の取り組みを始められた魚屋さんです。

西條さんからのツイートで、ツイキャスの生配信を知って見はじめたのですが、あっという間に時間が経ちました。
ちょうどお昼に、東松島市の大曲に住んでいる叔母夫婦と電話で話したばかりだったこともあり、本当に身近に感じながら拝見しました。

叔母たちの家は海の近くなのですが、叔父の運転する車で、水の中を間一髪逃げたそうです。
ほんの少し離れたところは津波で全部なくなり、叔母たちは家は残っているけれど、平屋の泥をかきだすのに1カ月かかったと言っていました。
でも声は2人とも元気だったのでよかった。。
かえってこちらが気遣われたくらいでした。

実際の被災地は、復興という言葉を持ち出すのははるかに遠い。

マスコミで流されるものは、必ず誰かによって編集がされています。
それはマスメディアの仕組みにはお金が発生するからで、もともとそういうものなのだと思います。

こういった、現場から直接届く映像や声が、なにより現実を伝えてくれていると思います。


志津川高校避難所からの録画ライブ 対談:アリウープ兄弟とふんばろうスタッフ 1


(下に要点を書きぬいていますので、見る時間のない方はぜひこちらだけでもご覧ください。
もちろん映像のほうが全然見ごたえがありますよ^^)


被災地の様子は、想像できる範囲のことではないから、リーダーになるような人は一度見ておいたほうがいい。
以前に比べればだいぶ良くなったとは言ってもまだまだ。
戦艦大和のような大きな船が打ち上げられている。

メディアは自分たちの都合のいいように編集してしまったりするから、現場の様子がそのまま伝わらない。
隣町の人も、こんな山の中まで水が来てるってびっくりする。

みんな同じ瓦礫だから、何十年も通った街の中を迷う。
電気ひとつないからこわい。

当事者だから言えることもある。
一人の人が亡くなるということがどういうことか。

一人の人をずっとみんなが探し続けて、
「見つかってよかった」
と言わなくてはならないほど悲惨な状況は、今でも変わっていない。
まだまだ見つかっていない人がいっぱいいる。

みんな強い。
ここにいる女の子やおばちゃん達も、絶対誰か一人は(家族や親戚や知人を)亡くしているけど、泣き言ひとつ言わず、普段と変わりないバカな話をしてる。

避難所にいて寝っ転がってずっと天井見ていたら、頭がおかしくなる。
働いていた方がいい。
今後のことを考えないといけないだろうけど、今は目の前のことに追われている。

一人でいたら絶対ろくなこと考えない。
何にもなくしていいことなんか考えない。

こういう仕事(厨房での食事作り)を与えてもらって嬉しい。
やりがいはある。
冷蔵庫がないから、材料を無駄にしないように使う。

最初の2週間くらいは、夢なんじゃないかと思っていた。
夢でも津波の夢を見ていた。

自分の家の思い出の物探しも一回もやっていない。
物に関しては、最初の1日2日であきらめて、今はすっかり笑い話。

街もずいぶん片付いた。
鉄骨が浮き立ってきたのか、木が沈んでいったのか。

最初は道が全く見えなくって、何度も転んだ。
自分たちの店が無くなったのはわかっていたけど、どうしても店を見たくて瓦礫の中を行った。

その時に駅で一人、亡くなっていた方を見た。
顔に誰かが布をかぶせてあった。

山の方の地区では、たくさん亡くなった方が発見されていた。
堰堤まで水が来て、カーブのところは死体の山だった。
水がきた終わりの辺りにもたくさん亡くなった方が流されてきていた。

次の日には大分水が引いていた。
そうしたら次は「放射能があるから室内に入ってください」。

津波が襲ってきた時、悲鳴は聞こえなくて、水のゴーッという音と建物が壊れるバキバキいう音しか聴こえなかった。 
すごく静かな瞬間。

津波は波に見えなかった。
砂煙の上に大雨が降っているような感じ。
砂煙とスコール。

津波は映画と全然違う。
ゆっくりゆっくり真っ黒い泥水が盛り上がってくる。

避難所に避難してきて、あきらかに人が少ないと思った。
圧倒的に避難できてないんじゃないかと思った。

小学校にいたら助かったけど、途中で帰った小学生は何人かだめだった。
中学生は、2時46分がギリギリ学校にいる時間。
それ以降だったら、散らばってるから親も探せなかった。
逆に言えば、親が亡くなって子供が生き残ったという人も多いはず。

統計上は一割の人が亡くなった。
でも、そこにいる人の実感では、半分くらいの人がいなくなった感覚。
名簿自体もなくなっている。

誰かに会っても、その本人に「元気だったか?」としか言えない。
家族の誰かが亡くなってるんじゃないかと思って、言葉を考えてしまう。

「私は大丈夫だけど、お父さんもお母さんもじいちゃんもばあちゃんも亡くなって、結局弟と私2人だけしか生きてない。」

自分につながる人の誰も亡くなっていないということはありえない。
仙台でさえ、ほとんどの人が自分とつながりのある人を亡くされている。

みんな2、30分前まで普通の生活をしてた。
そんなことになるなんて考えられない。
亡くなった西條さんの叔父さんは、津波が来る2分前までメールをしていた。
そのくらい、津波はあっという間にきた。

海辺の松林も、お寺の杉もほとんど残っていない。
高台がない地区は逃げようがなかった。

海なんかまったく見えない、海岸地域でもない場所で被災した方も多い。
逃げる途中で渋滞になって、そこで車を捨てて、走って高台に登った人はギリギリ助かった。
生死を分けたのは、距離じゃなくて高さ。

川のずっと上まで、海の船がのぼっていた。
巨大な橋が、途中から全部なくなっていた。

あれだけの状態のものが20日以上経って、あるていど秩序だって整頓されてきたのはすごいこと。
道が全くないところに自衛隊が道をつくっていて活躍していた。

高さがすべて。
低いところは全部同じ。
高い斜面にお墓が全部残っていて、生活の場は全部流されていたところもあった。

小学校の屋上の上に、家が建っていた。
小学校の建物が途中から切れてなくなっていた。
どういう力が加わったらあんな風になるのか。
その一帯では小学校と中学校の建物しか残っていなかった。

アリウープ兄弟は、地元で支援活動に協力してくださっているさかなのみうらさんのお客さん。
さかなのみうらさんは最高のさしみを出してくれるお店^^

仙台で協力してくださることになった、島津商事の島津さんは、偶然西條さんのお父さん(空手部)の先輩の息子さんだった。

アリウープ兄弟が調理で参加することになった経緯。
こちらはもらう側だから、なかなか恩返しできない。

でもおいしい食事があるだけでパワーが出るもの。

調理はいつもやっている仕事だから、何も変わらない。
家族4人でやってしまうと、手続きも何もできないから兄弟2人で手伝っている。

電気がないから、早い時間に提供しなといけない。
今は水道がないから大変。
みなさんのおかげで、ちょっとづついろんな物が揃ってきた。

支援物資が届くまで、最初に食べていたのはめかぶ。
冷凍庫が止まるので、腐らせるならというので物資に提供してもらった。
アワビまるごと一個食べて、それとアワビ汁ということもあった。
近隣の倉庫が全部だめになったため。

最初の3週間は、一本の割りばしをウェットティッシュで拭いて、器も拭いて大事に大事に使っていた。

(続く)
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by songsforthejetset | 2011-04-27 10:24 | つれづれ | Comments(0)

29日も天満屋倉敷店に在店しています♪

今週末、29日に天満屋倉敷店にお邪魔することになりましたo(^▽^)o

11:00~18:00頃まで、1Fアクセサリー売場リュミエールのコーナーにいる予定です。

どうぞよろしくお願いいたします^^
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by songsforthejetset | 2011-04-26 17:27 | アクセサリー・Lumiere | Comments(0)

2011・神戸コレクションplus  マキシン編


神戸の老舗帽子ブランド、マキシンのブースです。
マカロンのように春らしい色合いの、美しい帽子たち。


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神戸コレクションplusの会場には、ファッションに関する色々なブランドがブースを出されていて、とても楽しいのです。

マキシンのブースも終日たくさんの人で賑わっていました。
普段かぶる機会のないようなエレガントな帽子を、自由に試着させていただけます。

マキシンの方が、ドレスに合わせて見立ててくださるのですが、本当にぴったりな帽子を選んでくださいます。
帽子をかぶったとたん、おしゃれが完成して見える。
皆さんとても素敵でした!


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お世話になっているマキシンの皆様です。
いつも明るい栁さん、美しい渡邊社長、柳さん最愛の可憐な姫、天満屋倉敷店を担当してくださっているダンディーな衣笠さん。

皆さん素敵な方々で、まるで家族のようにわたしたち2人を大事にしてくださって、本当に感激でした。
ありがとうございました!!


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こちらはデザイナーの長野素野(その)さんと、ご自分がデザインなさった帽子。
とても素敵な方でした!!


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前回のマキシン本社訪問の時のように、わたしたちが帽子を試着させていただいた写真、柳さんがいっぱい撮ってくださいました。
いつも細かく気を遣ってくださる柳さん。
本当にありがとうございます!!


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わたしも「マイ・フェア・レディ」のイライザみたいなお帽子を試着させていただきましたよ。
ウフ♪


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こちらは花嫁さんのヴェールみたいな素敵なお帽子です。
試着させていただいている指野さん。


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かわいい~!!


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なんと、マキシンのブースには、プロのカメラマンの方が撮影してくださる場所もあるのです。
素敵なお帽子を試着して撮影していただけます。


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plusの会場にはヘアサロンのブースもあり、髪をセットしていただけるのです。
わたしもお願いしました。
こちらは担当してくださったELLY LONDONの右川さんと福地さん。
お疲れだったと思うのですが、とてもにこやかにお話してくださって、きれいに髪をセットしてくださいました^^
ありがとうございました!!


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アップにしていただいた髪に、選んでいただいたマキシンのヘッドドレス。


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なんかすごいうれしい♪
ちなみにこの日着たのは、以前のブログにも載せていたドレスです。


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夜になって、会場はますます華やかになっていきます。
マキシンのブースも、ヴェネツィアの仮面舞踏会のように幻想的な美しさです。


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マキシンの方々のおかげで、本当に楽しい時間を過ごすことができて、心から感謝です。
渡邊社長には、ファッションショーの会場で偶然お会いしたのですが、わたしたちをパーティー会場に連れていってくださったり、お知り合いの方々に紹介してくださったりと、本当にお世話になりました。

当日は、指野さんとわたしを、衣笠さんがずっとご案内してくださったのですが、それも渡邊社長がお願いしてくださっていたそうで、おかげさまでとても楽しい時間を過ごすことができました。

アトリエにお邪魔した時も思いましたが、マキシンの方々は皆さんとても素敵なのです。
やっぱりそれは、皆さんが自分のお仕事をとても愛されているからなのだって思いました。

自分が本当に好きなことを仕事にされている方は、仕事とプライベートがそんなに分かれていない印象を受けるのです。

NHKのプロフェッショナルで、
「あなたにとって、プロフェッショナルとは?」
っていう問いかけがあって、以前医局秘書をしていた頃には思いもつかなかった答えが、独立してから浮かぶようになりました。

それは、
「自分の人生と仕事がイコールになること」

自分の毎日の生活と仕事との境目がなくなって、生きることと仕事が同じになって楽しい。
すごく生きているって実感できることなのです。

生きること=たくさんの人の幸せの役に立つこと=仕事
を自分がつくりだしているという感じ。

きっとそれは、働かされているとかいう気持ちと真逆なもので、同じ状況の中に入ってはじめてわかる感覚かもしれません。

自分が本当に好きなことをする。
そこから生まれるものは、自分も大好きだから、他の人が好きになってくれたら嬉しいし、役に立てたらもっと嬉しい。
みんなが幸せになったら自分も幸せ。

そんな感じです。

きっとマキシンの皆さんも、そんな風に思って帽子つくりを続けていらっしゃるのではと思います。
だから皆さんの雰囲気もとてもよいのだと思う。
以前アトリエを訪問させていただいた際にもそんな印象を受けました。

マキシンの素敵なお帽子、皆さんも見かけたらぜひお手にとって見てくださいね^^
plusにも毎回ブースを出されていますので、ドレスアップして参加するのも楽しいですよ。

マキシンの皆様、本当にありがとうございました!!


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plusレポート、まだつづきます♪
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by songsforthejetset | 2011-04-26 01:25 | 芸術いろいろ | Comments(3)

ありがたいなぁと思う今日この頃


今日は天満屋倉敷店の在店日でした^^

実は先週いっぱい風邪で寝込んでしまっていたので、引っ越し準備がまったく進んでいない。。orz

なんかフラフラしつつ行ったのですが、今日もまた楽しい経験をたくさんさせていただきました。

わたしたまにしか行かないのですが、皆さん本当に良くしてくださって、あっちに行ってもこっちに行っても声をかけてくださる方が多く、とても嬉しいです。


今日はアクセサリー教室の生徒さんが遊びに来てくださって、おみやげもいただいたりして、すごく嬉しかった^^
素敵な仲良し2人組で、今日は美を磨くセミナーに参加とのことで、ウキウキワクワクした気分が伝わってきました。

お顔が見れてよかった。
本当にありがとうございました!


ショーケースの中に、爽やかな色合いの作品がほしいと思って、レモンジェイドとアクアマリンのネックレスを作ったら、ちょうどいらっしゃった素敵なご夫婦が気に入ってくださって、あと2点もご一緒にお求めくださった。

とても素敵な奥様に、優しいご主人が有無を言わせず(?)プレゼントなさった感じで、作品をすごく気に入っていただけて、とても嬉しかったです。

まだタイトルを決める途中で、値札も付けていなかったのですが、そのネックレスは「水と若葉 Acqua e verde」という名前になりました^^

ありがとうございました!


アクセサリー売場の皆さんもいつもとても優しくて、本当に嬉しいです。

今日行ったら、いろんな方からのおみやげのお菓子がたくさん置いてあって、すごい感動でした。

皆さんいつもありがとうございます!!


今日もなんだか幸せな気分で帰りました^^

ほんとにちょっとしたことでも、自分が誰かの役に立っていると思えたり、誰かに助けてもらったりすることが、とても嬉しい。

作品をひとりでつくっていても、誰かとのふれあいがなければ、とってもさびしい。

だからこうやって、いろんな方とお話できるのは、とてもありがたいのです。

もともとひとりでいることがそんなに淋しいと思わない自分だけど、ひとりで制作しているのが普通になってくると、ほんのちょっとした日常のやりとりが実はとても素晴らしいのだって、気がつくようになってきました。

人は一人では生きられないというのは、きっとひとりだと心が枯渇してしまうという意味なのだと思う。

人は、ほかの生き物の命を食べ物としていただいて、日々生まれ変わっている存在だけど、心もまた、他の生き物の命を感じ取って、日々新しく生まれ変わっている。

すべては流れているのだなあって思う。

だから、すべてはつながっているのだって思います。


わたしの作品が売れるのも、それをいいと思ってくださる方がいらっしゃるから。

こうやって、お店に並べていただけるのも本当にありがたいことです。

そして、たくさんの方に作品や自分を大事にしていただけたり、覚えていていただけるのが本当にうれしくてありがたいです。

これからも、皆さんからいただいたものを作品に変えて、たくさんの人の幸せにつながるような作品をつくっていきたいです。

本当にみなさんありがとうございます。
心から感謝です(^-^)。
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by songsforthejetset | 2011-04-18 01:01 | アクセサリー・Lumiere | Comments(0)

2011・神戸コレクションplus  ファッションショー編


先日、神戸コレクションplusに行ってきました!


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神戸コレクションと時を同じくして開催されるこのイベントは、ひとつの会場の中でファッションショーや、様々なブランドの展示やイベント、パーティーが楽しめるという豪華なもの。

昨年、天満屋の方とマキシンの本社にお邪魔した際に、マキシンの皆さんが、とても素敵なイベントだと薦めてくださいました。
そんな機会も滅多にないので、天満屋倉敷店のわたしのコーナーを担当してくださっている指野さんと2人で参加させていただきました。

ちょっとわたしペンダントのトップが曲がってますが。。
淡水真珠とインカローズをつかった「天の女王 Salve Regina」をつけました。


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会場は、北野倶楽部「sola」
ショー直前です。ドキドキ。。


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わたしたちの席は、ランウェイ前の1列目、前から10番目という、とてもいい席でした。
ちょうどモデルさんが目の前でポーズをとったり、ターンする場所だったので、ほんとうにすぐそこで皆さんの美しさを堪能することができました^^


冒頭に、25ans十河ひろみ編集長のお話がありました。
25ansは、「神戸スタイル」を提案して31年になるのだそうです。

この、「神戸コレクション」というファッションのイベントが始まったのは、16年前の阪神・淡路大震災の後に、「ファッションを通して神戸に元気を取り戻す」ということがきっかけになっているのだそうです。

いま自粛ムードが広がっていて、日本全体が元気がなくなっている印象だけれど、小さくてもひとりひとりできることを続けて行くのが大切。

1日も早く日本を元気に。
世の中に「夢」欠かせない。
ファッションを通じて夢を伝えたい。


と、熱意を持って会場に呼びかけられていました。

25ansは、WFP(国連世界食糧計画)を通した支援活動を続けられているそうです。

続いて、WFPの横手仁美事務局長が、どんな活動に募金が使われるのかというお話をされました。
被災地へのプレハブ設置で、支援物資を保管する場所や地方自治体の活動拠点を作られているのだそうです。
会場にも募金箱が設置してあり、皆さん募金なさっていました^^


そしてその後、ファッションショーが始まりました!
ショーの様子はこちら
ブランド一覧はこちら

ブランドごとの感想を書いておきますね^^
あくまでも、わたしがその時に感じてメモした印象です。

JIL SANDER NAVY
快活でアップテンポな曲にのって、
夏のサントロペの浜辺を歩く。
はずむような若々しさ。

BARNEYS NEWYORK
フラワー、マキシ、60年代のヒッピースタイル。
モデルさんがみんな髪に花をつけています。
フリー、ピースという言葉がぴったり。

2番目の曲が流れたとき、すごくよかった。
あたたかな日射しの香りがするステージから感じる、あふれるほどの自由と美しさに、涙が出るほど感動しました。

3月11日の震災以来置き去りにされていた感覚。
今こういう時期だから余計に、いちばん感動したところでした。

自由とは、安全であること、健康であること、財産があること。
もしそうでなくても、そのことにとらわれないこと。
そして立ちあがって、前を向いて、まだ見ぬ世界へ歩を進めて行けること。

そんなふうに感じました。


25周年を迎えた25ansウェディングのコーナー
3つのブランドが制作するウェディングドレスのご紹介。
相磯恵実編集長が、 

結婚式は2人にとってのけじめであり、周りの方への感謝を伝えるかけがえのない一日。
そんな日にふさわしいドレスを形にしたいという思いで、いずれも1点ものの、それぞれのブランドが心をこめて作ったドレスです。


とご紹介なさっていました。

NOVARESE
白い芍薬の精のような、夢のように美しいドレス。
空気を含んで幾重にも重なる白いオーガンディー。

バレリーナの動きのように、重力から解き放たれたように美しくたゆたう最高級のシルク。
ハートカットの胸元に、きらきらと輝くブレスレットも美しかった。

Hatsuko Endo
ドビュッシーのアラベスクが流れる中、夢のような世界が広がりました。
美の極致といってもいいほど。

手刺繍のレースの上着と、張りのある卵色のシルクタフタが織りなす、気の遠くなるほど手の込んだ美しく繊細なドレス。
チュールとフェザーでできた白いヘッドドレスも優雅に揺れています。

夢の中を歩くよう。
ピンクの口紅がとても美しい。
気品。

高橋真琴さんのぬり絵の女の子が現実世界にいるようで感動でした。
美しいモデルさんは松島 花さん。
ブログにこの時のドレスのお写真もありました^^

家に帰ってみたら、昨年の25ansの松島さんの写真、ちゃんと切り抜いていたし、ハツコ・エンドウは以前のブログにも写真を載せていました。
やっぱり好きなものって好きなんですね^^

The Treat Dressing
タイの王女様のようなヘッドドレス。
スワロフスキーが輝く、チュールレースのエアリーなドレス。
モデルさんの雰囲気ととてもよく似合っていました。

結婚5年目でいらっしゃるというchesty小川淳子さんがお話され、
喜びは2倍、悲しいのは半分
とおっしゃっていたのが印象的でした^^

続いて、ザ・コンチネンタルファミリーというゴスペルグループのミニコンサート。
オリジナルだったのかな?
すごい声量でした!

そしてファッションショーの続き。

Tracy Reese
会場がマゼンタに染まる、印象的な照明からスタート。
ニューヨークのアッパーイーストサイドか、ピッチオーニが音楽を担当していそうな60年代のイタリア映画みたいなイメージ。

JILLSTUART
モデルさんの真っ赤な口紅がとても印象的。
サントロペを歩くブリジット・バルドー。
コケット。
「素直な悪女」のイメージ。
みんな白いリストバンドを2重につけていたので、震災支援のバンドかな?と思いました。

WEDDING SALON INOUE
皇室の方がお召しになるような金糸の刺繍が入った、パステルブルーやピンクの布地のドレスが印象的だった。
ゴールドのバラでドレープを止めていたのが綺麗。

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これは外の廊下をモデルさんたちが移動されている際のもの。
皆さん本当にお綺麗でした!!


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ちゃんとポーズもとってくださって感動。
ありがとうございました!!


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ショーの中で、モデルの皆さんは、わたしたちの前のランウェイを歩き、そこから観客席の中の通路を通ってバックステージへ戻って行きます。

向こうの通路を通られる時、わたしから横顔がずっと見えていて、それがまるでフランス映画の一場面のようで、ほんとうに美しかった。
照明を前から浴びて、ポージングしている姿は、ストップモーションのよう。
まるでビル・ヴィオラの映像作品をみているみたいでした。

ファッションショー全体を通じて、震災以降ずっと忘れていた、「素直に美に感動する心」が刺激されて、涙をこらえるのが大変でした。
隣にいた指野さんも同じだったそうです^^

映画「ショーシャンクの空に」の中で、刑務所の受刑者たちがオペラのアリアを聴いて、その美しさに言葉をなくすシーンが浮かびました。
美は、悲しみに傷つき、疲れた心を潤す命の水。
心の生活必需品なのだと思います。

久しぶりに「豊かさ」を実感した気がしました。
ディオールのニュールックが登場したときの人々の気持ちがわかったような気がした。

戸田奈津子さんが、以前講演の中で、ご自分の若いころを振り返って、

映画館でしか見られない欧米のスターの最新のファッションを、みんな目を皿のようにして見て、家に帰って自分で似せて作ったもの。
物資のまだ乏しい時代だったけれど、みんな工夫して、ファッションを真似て街を闊歩した。
それが「自由」ということだった。


とおっしゃっていたのを思い出しました。

女性が綺麗でいられるというのは、平和がそこにあるということ。
今、こういったきれいなものを見られないでいるたくさんの方々に、はやくこういったものを見せてあげたいと思った。

映画「プラダを着た悪魔」の中で、ファッション雑誌の編集部で働くことに意味を見いだせない主人公に、同僚の男性が、ファッション雑誌をさして言った言葉。

これを何だと思ってる?これはただの雑誌じゃない。
未来への希望の光、夢だ。


本当にそう。
あの中には世界中の女性の夢と希望がつまっています。

私の作品を買ってくださる方も、未来の自分を買っているのだと思う。
「ものをつくる」とは、なんでも、つきつめていえば、「他の人の未来の幸せ」をつくることなのだと思うのです。

すべての素晴らしい創作活動は、「他の人を幸せにし、楽しませ、たくさんの人の未来をひらく」ために生みだされているのだって思う。
たくさんの人の未来の幸せのために役に立つもの。

偶然、この神戸コレクションのエグゼクティブ・プロデューサーの高田恵太郎さんとお話させていただく機会がありました。


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高田さんは、2002年に神戸コレクションを立ち上げられた方。

半年先の洋服を扱い、ファッション業界向けに開催するパリやミラノのファッションショーと異なり、いま手に入れることのできる服を、一般の若い女性に向けて発信するファッションショーで、多彩なゲストが参加することでも知られています。

1995年の阪神・淡路大震災以降、「神戸を元気にしたい」という思いから始められたという神戸コレクションは、今や東京や上海でも公演が行われるほどの人気です。

こちらの神戸学校での講演の動画の中で、
「まだまだ 人間として成長したい」
とおっしゃっていることに感動。

お忙しいのに、会場でお声かけさせていただいたら、気軽にお話してくださったので、すごく感動しました。
わたしのようななにもない小娘にでもさっと名刺を出してくださって、損得なしの人とのつながりを素晴らしいと思っていらっしゃる方という気がしました。
ありがとうございました!!


私が感動することにはいつも、「再生」がテーマとして入っています。
すごいなあと思う方は皆さん、大きな困難を経験していらっしゃる。
そしてそこから立ち上がることで、前よりもさらに大きく成長なさっています。

「再生」は、これからの日本の最大のテーマ。

神戸コレクションが、ファッション文化という神戸の特色を打ち出したものであるように、きっとこれからの日本にも、再生するための特色が必要になってくると思うのです。

人も必ずいいところがあるけれど、じぶんの良いところって、自分では絶対わからない。
だから他から評価されることが大事なのだと思います。

日本だったら、今回の地震で全世界から評価された、他人を思いやる心や、精神性や、誠実さなど。
そういったことに基づいた日本独自の文化を、おじけずに発信していくことが大事になってくる。

あと、こんなに世界が大事に思ってくれているということを実感できたのも、日本にとっては初めての経験だった気がします。

大事に思ってもらえることには理由があり、その理由はきっと、日本人にはピンとこないところにある気がする。
でもその理由がきっと、日本のいちばんの「特徴」なのだと思います。

よいところ=特徴=他と異なっている点。

癖毛の人はきまってそれがコンプレックスであるように(→わたしも)、意外に自分ではそこをひけめに思っていたりすることが多いもの。

でも、他の人から見て評価されるなら、それを長所と思って生かしていくことが、結局は自分のいいところを延ばすことにつながる。

きっと東北もそうで、「他から新しくきた人の視点でみえる特徴」をのばしていくことが、復興の足がかりになると思うのです。

まだまだ今は復興を語るには早すぎる段階だと思うけれど、柳田國男が「遠野物語」の中で東北の魅力を描いたり、小泉八雲が島根で「怪談」を執筆したように、そこに住んでいる人がそうと気づいていないいいところ、他から評価される特色が必ずある。

それを上手にキャッチすることが、東北の"神戸コレクション"のもとになり、日本の復興の礎のひとつにもなると思うのです。

再生のための評価でいちばん重要なのが、「お金があつまること」。
そのことに対して対価が発生し、それが妥当な金額~少々高額であっても、人がお金を払おうと思う価値があること。
この神戸コレクションのように、「たくさんの人を幸せにし、楽しませ、未来をひらく」もの。
それをこれから見つけていったらいいのだと思う。

以前のブログ、100年に一度の不況、1000年に一度の災害、10000年に一度の奇跡の中で、人と人とのつながりのことについて書いたけど、本当にこういった動きは素晴らしいと思う。
今の日本のこの状態こそが、他の国から見てすごいことだと思うのです。

今すでに、日本にも再生のもとはある。
手の中につかんでいるものに気づくだけなのだと思う。

神戸コレクションの発展の経緯に、日本の未来の希望を感じたひとときでした。


plusレポートつづきます^^
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by songsforthejetset | 2011-04-16 03:09 | 芸術いろいろ | Comments(0)